2021年令和3年 柳楽優弥 何歳

2021年令和3年 柳楽優弥 何歳

常に自分を高める努力をされている柳楽さんは、茶道や武道、乗馬などを習っているそうで、それがシュッとした姿勢のよさにも結びついているような……。

28日公開の映画「HOKUSAI」(橋本一監督)で、葛飾北斎の青年時代を演じた柳楽優弥(31)。最年少14歳で「カンヌ国際映画祭」の主演男優賞を受賞、世界をあっと言わせた男だ。そこからの挫折…北斎も同じだった。浮世絵に迷った北斎は、放浪の果てに本当に描きたい浮世絵のテーマを発見する。一本の映画によって迷路に入った柳楽もまた、一本の映画で立ち上がった。(中林康彦)
「あの夏、京丹後(京都府)の海の水を一番飲んだのは僕でしょうね」
2年以上も前になる。映画「HOKUSAI」で、本当に描きたいものを探す旅に出た若き北斎が絶望し、入水自殺を図るシーン。史実にあるわけではない、映画ならではの創作。だからこそ、こだわった。
「天才北斎だって、どうしようもなくなって、自分の身を海に投げ出したくなる瞬間もあるんじゃないか」。柳楽は橋本監督と徹底的に話し合った。「すると監督が一人で海の中にザブザブ入っていっちゃって…。僕もスタッフもあっけにとられた。監督はずんずん沖に向かい、しばらくして戻ってくると『これですね』と。こうなると僕もやるしかない」
死を覚悟し海中を漂う北斎の目に、陽光を乱反射する波の裏側が映る。ついに「描きたいもの」を見つけるシーン。海水を飲み、死んでしまうかもしれないと柳楽が覚悟した時、「富士山が見えたんですよ。京丹後で。追い込むってことは、これなのかって思った」。浜に打ち上げられて生を得た北斎は手で砂浜に波を描く。老年で完成する名作「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」の着想を得る瞬間だ。
「青年期から老年期につながるクセがあったらいいなと思って、スタッフさんとかメークさんとかに『(老年期を演じる田中)泯さんこんなことやってたよ』としぐさとか教えてもらって、青年期に取り入れた。砂浜で波を描くシーンは泯さんのマネなんです」
是枝裕和監督の手の上で動かされていた少年は、いつのまにかしたたかな役者になっていた。

1990年、武蔵野の郊外、東大和市に生まれた。「サッカー友達が子役って楽しいって言うから、僕もオーディションを受けてみた」。合格するや、いきなり是枝監督の「誰も知らない」(2004年)の主役に。作品がカンヌに出品されると史上最年少で主演男優賞受賞。世界が驚き、日本中が大騒ぎ。「このままでは自分が壊れちゃいそうだと思った」
柳楽はしばしの沈黙の期間を過ごす。しかし、再び演技の道を歩み始めるきっかけになったのも映画だった。「バイトしてる頃、ラッセル・クロウ主演の映画『シンデレラマン』を見て、すごいモチベーションが上がったんです」。全盛期を過ぎたボクサーがやってのけた大番狂わせの奇跡。実話をもとにした物語は柳楽に「本当にやりたいこと」を思い出させた。
「HOKUSAI」前半で北斎が入水に至ったのは、青年・東洲斎写楽のむき出しの天才に打ちのめされたことにある。蔦屋に見いだされた怖いもの知らずの若さ。写楽は“カンヌの柳楽”であり、絶望の淵から立ち上がり、本当に自分のやりたいことを見つける北斎は“それからの柳楽”でもあった。
故蜷川幸雄さんの舞台で役者としての足腰を鍛えてもらい、ドラマ、映画と、あらためて一人の役者としてのキャリアを積み重ねてきた。しかし柳楽は、カンヌの奇跡を否定するわけではない。
「今では14歳の自分を理解できる。あれがあったから今があると思えるし、それを超えられる俳優になりたいという気持ちもある。もし当時の僕に言ってやることができるとしたら…」。ちょっと考えて柳楽は言った。
「『大丈夫だよ』と伝えたいですね」
世間に合わせようとした写楽は、わずか数年の活躍で消えた。柳楽はまさに、北斎になる。
◆柳楽優弥(やぎら・ゆうや) 1990(平成2)年3月26日生まれ、東京都東大和市出身。2002年、オーディションで芸能界入り。初めて出演した映画「誰も知らない」(04年、是枝裕和監督)で「第57回カンヌ国際映画祭」史上最年少の主演男優賞を獲得。10年に女優・豊田エリーと結婚するとともに「すべては海になる」で映画復帰。12年に故蜷川幸雄さんの舞台「海辺のカフカ」に挑戦、17年にはNHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」出演。映画、ドラマ、舞台、CMと活躍の場を広げている。

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