2021年令和3年 中村佳穂 リピー塔がたつ 中古

2021年令和3年 中村佳穂 リピー塔がたつ 中古

くわえて興味ぶかいのは、レコーディング中スタジオに掲げられたという 〈ディープ禁止〉の貼り紙である。中村は他のミュージシャンたちと2年半の制作期間を経てアルバムを完成させたのだが、その際の合い言葉となったのが〈ディープ禁止〉だったという。では彼らが禁止した〈ディープ〉とは、具体的にどういった意味か。言い換えれば、誰に対しても伝わりやすい表現であることや、ポップ・ミュージックの枠組みから大きく外れないこと、軽やかであることなどだろう。逆に考えると、みずからに〈ディープ禁止〉を課さなければ、聴き手へと伝わりにくい表現の深みにやがて落ち込んでしまうという意識を持っていたことがうかがえる。

ポップであることと、ディープであること。思うに、中村佳穂を理解するキーワードは〈ポップとディープのバランス〉ではないか。このバランスにこそ、彼女のユニークさがあるように思えてならない。『AINOU』が特別なのは、彼女にしか書けない歌詞やメロディーがあったためだ。中村ならではの思いもよらない発想や意外性、いわばディープな面にこそ、聴き手は新鮮さを感じた。しかしそのディープさは取り扱いがむずかしく、表現は人びとに伝わりやすいよう適切にコントロールされる必要がある。そのバランス調整こそが、2年半の制作過程における試行錯誤だったのではないか。こうして説明しながら、あたかも猛獣のように創作をおこなう中村と、彼女を必死に制御する猛獣使いのミュージシャンたちという微笑ましい図式が浮かんできてしまう。

2018年11月に発表され、リリース直後から並外れた注目を集めた『AINOU』。2016年のファースト・アルバム『リピー塔がたつ』が、中村本人の手売りを含む小規模な流通で販売され、いまでは入手困難な現状を考えれば、『AINOU』は実質的な全国デビュー作と呼んでいいだろう。この大きな反響には多くの理由があるはずだが、そのひとつに、作品が録音物としてすぐれており、現代のポップ・ミュージックらしい音像をめざしたミックスが施されていることが挙げられるのではないか。『AINOU』はまず何より音がいいアルバムである。ceroの髙城晶平も同様の指摘をしていたが、楽曲内で鳴る音がどれも非常にクリアで耳に心地よく、力強い。たとえば“GUM”のうねるようなシンセベースや、“get back”で細かく鳴り続けるハイハット。あるいは、“きっとね”で重ねられる豊かなコーラス。例を挙げればきりがないが、こうした音像には、いまの中心的サウンドであるダンス・ミュージックやヒップホップにも通じる鳴りのよさがあり、繰りかえし聴きたいと思わせる楽曲そのものの強度につながっている。

中村自身、サウンドメイクを重視した音楽を作りたいという明確な意図を持って制作にあたったとインタヴューで語っているが、彼女が直感したように、いまのポップ・ミュ―ジックでは、どのような音が鳴っているか(ミックス・音像)によって曲の印象が決まる側面が大きい。こうした点について意識的なミュージシャン、たとえばKIRINJIの堀込高樹は、自身の音楽制作について「自分がやっていることをポップスとしていま機能させようと思うと、ダンス・ミュージック的な音像、音圧は避けて通れない。低音の感じや上の伸び方は、いまの音楽を参考にした」(ラジオ番組内での発言を要約)と説明している。『AINOU』に関わったミュージシャンたちへのインタヴューを読むと、彼らが作品における音の印象、鳴りを強く意識しながら制作していたことが語られている。「音のチョイスは本当に大事。普通の曲になっちゃうかどうかの分水領だと思う」(録音を担当した荒木正比呂)と語る周囲のミュージシャンたちは、音色の選択、録音からミックスに至るまで、音像の機能性を念頭に置きつつ完成させていったことがわかる。

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