2021年令和3年 山縣亮太 アジア大会

2021年令和3年 山縣亮太 アジア大会

2018年は重心の位置を、トップスピードの維持につながる後傾気味にして、日本選手権5年ぶり制覇、アジア大会銅メダルなど、自身のスプリントが「いい作品に仕上がった」と感じていた。しかし2019年は、その走りを追い求め過ぎたり、ウエイトトレーニングで重さを追求し過ぎたりしたことから、重心の位置がさらに後ろにずれ、バランスを崩した。

セイコーホールディングス株式会社(代表取締役会長 兼 グループCEO 兼 グループCCO:服部真二、本社:東京都中央区)社員アスリートの山縣亮太選手が、鳥取県の布勢総合運動公園陸上競技場にて6月6日(日)に開催された「布勢スプリント 2021」男子100m決勝において、日本新記録9秒95を達成しました。

傍目(はため)から見れば不運が続き、9秒台を期待する声と現状には、大きなギャップがあるように映る。しかし、山縣に悲観する様子はなく、むしろ状況をポジティブに捉え、困難を乗り越えていく過程を楽しんでさえいる。そこには走りを改善するためのヒントが隠されているからだろう。自ら進化を促していくその「成長力」は、特筆すべきものがある。

「このレースは1つの完成形に近い走りでした。細かい部分ではスタートして顔がすぐに上がってしまったとこともあり、100点ではないんですけど、大きな視点で見れば体の出来も走りも良かったと思います。あとはアジア大会の決勝も、技術レベルとしては全日本実業団よりは下がりますが、そのとき出せる90%以上の力を発揮できたので、すごく良いレースでしたね」

■山縣亮太選手 コメント「これまでずっと目指してきた9秒台を達成でき、とても嬉しく思います。しかしここがゴールではないので、さらに記録を更新し、世界の舞台で活躍できるようにこれからも練習に励みたいと思います。引き続き応援のほどよろしくお願いいたします。」

陸上の布勢スプリントが6日、鳥取市のヤマタスポーツパーク陸上競技場で行われ、男子100メートル決勝で山県亮太選手(28)=セイコー=が9秒95(追い風2.0メートル)の日本新記録を樹立した。サニブラウン・ハキーム選手(タンブルウィードTC)が2019年6月に出した従来の日本記録を0秒02更新した。

「結果が出なかったので、焦りやもどかしさを抱えながら日々を過ごしていました」と、山縣はこの2年間を振り返る。一方で自身の課題を克服するための取り組みには、満足している自分もいた。

葛藤はこれからも続く。「辛抱の時間だった」ロンドンからリオまでの4年間。しかし、そのあとに待っていたのは4×100mリレーでの快挙だった。リオ以降、「さらなる辛抱の時間」を過ごす山縣は、これまで以上に強くなり、東京の地でも真価を示してくれるはずだ。

もちろん、強度の高いトレーニングも重ねており、2018年以前と比べて「パワーがついた」ことは確かな成長点。あとは鹿児島、宮崎で見えた課題から、「どうトレーニングしていこう、試合に向けてどうやっていこうということを調整していければ、1ヵ月後にはいい状態を作れると思う」と山縣は話す。

だが、一歩後れを取るこの状況が、山縣に「チャレンジャー」という気持ちを芽生えさせた。日本男子スプリントを引っ張る存在から、自身の立ち位置が変わったことを受け止め、それでも再び日本の「エース」となるべく突き進む。

「走ること」と「学ぶこと」。両者において、どんな相関性があるのか。勉強について、山縣は「そんなに得意だった訳じゃない」と謙遜するが「性格的に凝りやすい。がっと入り込んでしまう。要領が良いタイプではない部分もあって、やり始めると止まらなくなるタイプだった」と“学びのキャリア”を振り返る。

目標とする9秒台を出すためには、何が足りないのか。山縣は現在それを模索しており、体の動きを変えていくことに、可能性を見いだしている。

男子100mの東京五輪参加標準記録をサニブラウン・アブデル・ハキーム(Tumbleweed TC)、小池祐貴(住友電工)、桐生祥秀(日本生命)が突破済み。代表選考においては標準突破者が有利になるため、山縣もまずは記録を求めていく必要がある。

3度目の五輪、自国開催の大舞台で悲願のファイナルを。山縣が夢を実現させるシーズンが、始まる。

山県選手は桐生祥秀(日本生命)、サニブラウン、小池祐貴(住友電工)の3選手に続き、9秒台を記録した4人目の日本選手。17年と18年にそれぞれ10秒00をマークし、9秒台に迫っていた。
山県選手は決勝のレース後、「9秒台をずっと出したいと思っていたので、よかった」と語った。東京五輪代表選考会を兼ねる今月下旬の日本選手権(24~27日、大阪・ヤンマースタジアム長居)で3位以内に入れば、同種目代表に決まる。「五輪出場の権利を取りたい」と意気込みを示した。
広島県出身の山県選手は広島・修道高から慶大を経てセイコー入り。12年ロンドン、16年リオデジャネイロ両五輪の100メートルで準決勝に進出。リオ五輪400メートルリレーでは第1走者を務め、銀メダル獲得に貢献した。
◇山県亮太の略歴
山県 亮太(やまがた・りょうた)広島・修道高から慶大を経てセイコー所属。陸上男子100メートルで12年ロンドン、16年リオデジャネイロの両五輪で準決勝に進み、リオ五輪の400メートルリレーでは1走を務めて銀メダルを獲得した。17年の全日本実業団対抗選手権で10秒00(追い風0.2メートル)をマークし、18年ジャカルタ・アジア大会でも10秒00(追い風0.8メートル)で銅メダルを獲得。日本選手権は13、18年に制覇。177センチ、73キロ。28歳。広島県出身。

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