2021年令和3年 小林礼奈 生きてる

2021年令和3年 小林礼奈 生きてる

由紀さおり 撮影/渡邉智裕「残された時間をただ過ごすより、目的を持ってほしい。何でもいいと思うんです。私にとっては、それが歌うことになりますけど。目的を持って進むことで1日1日が真剣勝負になるし、一生懸命生きている感じがすごくしてくる。そういうことが伝わるといいなと思っています」

かつて「老後は子供に面倒を見てもらう」のが当たり前だった日本で、「老後は子供の世話にはなりたくない」と考える人が増え続けているという。81歳の桐島さんが考える「老後のあり方」とは。
「何年か前にある雑誌で『老後は子供の世話になりたいですか』と質問されてね。居並ぶ人々が皆ノーと答える中、私一人がイエスだったの。
『たとえ周りがすべてイエスでも、桐島洋子だけはノーだろう』と思われていたらしくて(苦笑)、すごく驚かれました。逆に私は、周りがすべてノーだったことに驚いたのだけど。
子供の世話にならず、では誰に頼るかというと、皆さん国家とか公的支援に期待しているらしい。確かにこれまでさんざん税金を払ってきたのだから、その権利はあるでしょう。でも権利というものはできるだけ主張せずに済ませる方が、エレガントな生き方だと思うの。だから私はできる限り自助努力し、どうしても助けを求めるなら、まずは家族からと考えています。
産んで育てて教育を受けさせて、一人前の大人にしてやったのだから……と言ったら恩着せがましいけど、お国や人様の世話になるよりは、自分が世話した子供たちに頼る方が当たり前でしょ。だから堂々とね。大きな、デッカイ面して“頼りにしてるわよ”と言えばいいんです」

小林は「ちょっと もうしんどいや。生きてることにも疲れた 辛い」とメッセージを残しており、フォロワーからは「大丈夫ですか?」「心配しています」「あなたの味方はたくさんいますよ」「いつも応援してるよ」「ありのままの自分を許してあげて」など、励ましのコメントが殺到した。

事の発端は7日の面会交流。瀧上が一人娘を昼から午後9時半まで預かる予定だったが、小林が引き取りに現れず「23時過ぎてもまだ連絡ありません 仕事の打ち上げだそうです。このコロナの中打ち上げ!?」とブログで不満をブチまけた。

だが、コンサートが中止になった原因は、今も流行が続く新型コロナであり、それを考えると、ファンにとっては「2月26日」という日が「禍の始まりの日」と認識されることは当然であり、だからこそ、コンサートの中止によって発生した「令和の226事件」という名称が、1年後も生き続けているのではないだろうか。

50歳になる年には「人生の収穫期・林住(りんじゅう)期」を宣言してカナダのヴァンクーバーで晴耕雨読の日々を過ごし、81歳の今は東京と湘南を行ったり来たり。でも80代に続く道は平坦ではなかった。
「インドのヒンズー教には、人生を四季の巡りと捉え、それぞれの季節にふさわしい生き方をする考えがあります。
春は勉学に励む学生(がくしょう)期、これは子供から青年時代ですね。次は懸命に働き家庭を築く家住(かじゅう)期、これが人生の夏。
秋は一線を退き、ゆとりを楽しむ林住期。50歳でヴァンクーバーに家を買った私は、この家を林住庵と名付け、まさしく人生の秋・収穫の季節を味わい尽くしました」
そして最後は安らかな死に備える遊行(ゆぎょう)期。
インドでは俗世を捨て、巡礼に出る人もいるという。
「81歳という自分の年齢を考えると、“よくここまで来られたなあ”と感慨深いものがあります。両親は70代で鬼籍に入ったし、桐島家の女で80代まで来たのは、私が初めてですから。
臨月のお腹を抱えて世界旅行したり、ヴェトナム戦争の従軍記者になって銃弾の雨をかいくぐったり。かなり乱暴な生き方をしてきたわりには、よく無事にこの年まで健康で来られたものです。私は本当に運がいいんです」

また、瀧上はこのところ、営業の穴埋めに始めた“オンラインホスト”(10分3500円)が当たっているうえ、投資家として太陽光パネル4基(2000万円×4)で利回り10%を稼ぎ、千葉県に利回り8%のアパート1棟(9000万円)を所有している。

小林は「人をイライラさせてしまったり遅刻したり、物忘れしたりする節があります」「きっと治らないでしょう治そうとして努力してもまた忘れます」「生きづらいです」と告白し、自らがADHD(注意欠陥・多動性障害)の可能性があると明かしている。

お笑いコンビ「流れ星」のTAKIUEこと瀧上伸一郎(42)と昨年10月に離婚したシンママタレントの小林礼奈(29)が8日夜、公式ブログを更新。悩める胸中を打ち明けた。

その後、小林は育児疲れから解放され、リラックスして寝過ごしたとして、瀧上に謝罪。モラハラ気質で弁の立つ瀧上に対し、面会の日にリラックスしたいと言いだしにくく、仕事の打ち上げとウソをついたのだという。小林いわく、養育費を受け取れず、SNSやイメージDVDなどで日々の生活費を稼ぐために奔走し、疲労困憊なのだとか。

1969年に名曲『夜明けのスキャット』でデビューし、歌に演技と50年を超える芸能生活で輝き続ける由紀さおり。『ブルーヘブンを君に』で、驚くことに映画初主演を飾る。
地方創生ムービー2・0プロジェクトの第3弾となる今作の舞台は岐阜県。
「主役というか軸になる役をやらせていただいたんですけれど、私の中での主役は岐阜です。岐阜は2012年の『第67回ぎふ清流国体(国民体育大会)』で今の上皇さま、上皇后さまの前で『ふるさと』を歌わせていただいてからのご縁なんです。
新幹線の岐阜羽島駅から岐阜市内に入ると川が見えて。空が広いし、水はきれいだし、緑がいっぱいなの。岐阜の人に、どうしてこんなに水がきれいなのか聞いたら、“鵜飼の鵜が食べる鮎は、きれいな水じゃないと育たないことを知っているから川を汚さないんです”と言われて、なるほどと思いました。その川沿いを孫役でボイメン(BOYS AND MEN)の小林豊くんとバイクで走るシーンも出てくるんですよ」

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