2021最新 内村航平海外の反応

2021最新 内村航平海外の反応

「2017年から2019年の年末までは、ずっときつかったですね。この年齢で新しいケガをすると、元の体に戻すには時間が相当かかる。どれだけ頑張っても戻らなくて、練習をしないといけないのに、その練習が逆にダメージになっていました」

「オリンピックは1人で行くものではなく、自分に携わるいろいろな人と一緒に行くんだという気持ちになれたんです。それで種目を絞る選択をしたんですけど、『本来こうすべきだったんだな』とやっているうちに思えた。過去の自分が邪魔をしていたと言うか、『6種目やってこそ体操』と言っていたことがかえって呪縛になっていました。やらなければいけないんだという感じになっていて……。2017年からの3年間はそうしたこだわりが邪魔をしていたし、プライドを捨てるのに勇気がいりました」

「何かを超えるってやはり難しいんです。1964年の東京はそのときの東京ですし、2021年の東京は今回にしか出せないものがある。だから僕は今のこのチームで新しい歴史を築くような演技や、名場面を自分たちで作っていければいいんじゃないかと思います」

東京オリンピック第2日は24日、体操の男子種目別予選が行われ、鉄棒に出場した内村航平(ジョイカル)は演技途中に落下して13・866点にとどまり、決勝に進む上位8人に入れなかった。内村は競技後のテレビインタビューで、代表の座を争った米倉英信(徳洲会)に触れて「土下座して謝りたい」などと語った。

鉄棒に絞ったのは、痛めていた両肩への負担が少なかったことに加え、2015年の世界選手権で金メダルを獲得するなど高得点を取れる種目だったことが大きな要因だ。リオ2016大会の個人総合でも最後の鉄棒で着地をぴたりと止め、オレグ・ベルニャエフ(ウクライナ)を逆転したシーンは、記憶に新しい。

体操男子日本代表は、「(金5、銀4を獲得した)1964年の東京を超えるような大会にしよう」という意味を込めて「Beyond 1964」というスローガンを立てた。内村自身も団体優勝を目指していたリオでは「(団体で金メダルを獲得した)アテネの冨田洋之さんの着地を超えたい」とずっと言っていたが、それが無理であることを実感した。

エリザベス女王とジェームズ・ボンドのスカイダイビングに沸いた2012年のロンドン五輪、ド派手なカーニバルで特色を出した2016年のリオ五輪に比べ、演出自体もじつに控えめなものとなった。

2020年2月から鉄棒に専念し、1年かけて自身の演技を磨き上げてきた。1種目に絞ったことで体力的な負担が軽減され、演技も安定。東京2020大会の選考対象となる2021年4月からの全日本選手権、NHK杯、全日本種目別選手権では、世界でも数人しかできないH難度の「ブレットシュナイダー」や、G難度の「カッシーナ」といった離れ技を次々と決める内村の姿があった。全日本種目別選手権の予選では2017年のルール改正以降、世界最高得点となる15.766点をマークするなど、見事な演技を披露した。

5人の力を結集した団体、最後の鉄棒で着地をぴたりと止め、ベルニャエフを逆転した個人総合は、それぞれリオの名場面だ。内村は東京で新たな歴史を刻むべく、静かに燃えている。

24日に行われた体操男子予選で、内村航平(ジョイカル)が唯一の出場種目だった鉄棒で落下し、種目別決勝に進めなかったことについて、海外メディアもまさかの幕切れに反応した。

このままでは東京2020大会への出場は夢物語。残された選択肢は、種目を絞るしかなかった。だが、なかなか踏ん切りがつかない。ずっとオールラウンダーとしてやってきて、「6種目やってこそ体操」というこだわりがあったからだ。それを捨て去るのは、これまでの自分と決別することを意味する。ただ、佐藤寛朗コーチから「もがいて苦しんでオリンピックに出られないより、確実に気持ち良く行けた方がいいんじゃないか」と言われ、視界が開けた。

内村にとって、この5年間は「初めての挫折だった」。リオまでは自分の思い描く通りに全てが順調に進んでいた。ただ、うまくいかなくなったときこそ、人間としての強さも問われる。内村は栄光を極めた過去の自分と決別し、新しい自分と向き合うことで、その挫折を乗り越えた。4大会出場することは「諦めが悪く、心の底から体操が好きな人しか到達できない領域」と語っていたが、内村というアスリートの本質も「諦めない」「心の底から体操が好き」という言葉に集約されている。

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