2021最新 内村航平 オリンピック 2016

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2021最新 内村航平 オリンピック 2016

史上最高の体操選手とされる内村は演技中、鉄棒から手が離れて落下した。

「堅実で泥臭い柔道」
吉田秀彦(1992バルセロナ五輪・柔道男子78kg級金メダリスト)が、そう評した通り決して綺麗な勝ち方ではなかった。
「でもよくやった。リオ(・デ・ジャネイロ大会/2016年)での悔しさが活きた。『絶対に勝つ』との強い思いが伝わってきた」(吉田)。
同感だ。
オリンピックでの闘いの怖さを知っているからこそ、容易には技を仕掛けられない。それでも「絶対に負けない」粘り強い闘いをやってみせた。体力を消耗しても気持ちを切らすこともなかった。
内容重視ではなく、結果重視。その信念を貫き高藤は目標を達成した。だから胸を張って言ったのだ。
「これが僕の柔道です」と。

叔父の義信氏は1964年東京五輪の金メダリストで、父・義行氏は1968年メキシコ五輪の銅メダリストという重量挙げ家系に生まれたが、競技を本格的に始めたのは女子種目が追加された2000年のシドニー五輪がキッカケだった。「出し切った」と話した三宅は、大会前から表明していた通り、21年間の競技生活を終える。

思い出すのは、いつもあの街。総勢20名が語るそれぞれの東京。みうらじゅん、東村アキコ、鈴木敏夫、加藤一二三、赤江珠緒への上京インタビューも収録!

異例の無観客で始まった『TOKYO2020』。開催については賛否両論があろう。オリンピックの在り方についても考えさせられる。そんな中、複雑な想いを抱きながらも選手たちは必至で闘おうとしている。ならばテレビの前で応援しようではないか。
そして、過去の大会を思い起こすことでオリンピックを観るの楽しみは、さらに膨れ上がる。

重量挙げ(ウエイトリフティング)の女子49級では、ロンドン五輪で銀、リオ五輪で銅メダリストで、母国開催の東京五輪で3大会連続メダルを狙う三宅宏実が登場。三宅も2015年から左膝と腰の故障が慢性的に続き、リオ五輪本番も手負いでの銅メダル獲得劇だった。

リオ五輪で男子団体を金メダルに導いた内村に、東京オリンピックで有終の美を迎えてほしいと望んでいた人は日本に多い。

だが、内村の準備は万全からはほど遠かった。五輪代表の権利は、先月の全日本体操種目別選手権で、タイブレークでようやく獲得した。2019年の両肩のけがで、個人総合への出場の可能性は失われた。

内村は演技を終えた後、NHKのインタビューに、「変にすっきりはしていますけれど、これまで準備してきたものを出せなかったことは本当に悔しさしかないです」と述べた。

東京オリンピックに関する特集ページです。

金メダルはトータル210キロを挙げた中国の侯志慧が獲得。インドのチャヌ・サイコム・ミラバイは202キロで銀、インドネシアのウィンジ・アイサフは194キロで銅を獲得した。

1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等でコメンテイターとしても活躍中。『プロレスが死んだ日。~ヒクソン・グレイシーvs.高田延彦20年目の真実~』(集英社インターナショナル)『グレイシー一族の真実 ~すべては敬愛するエリオのために~』(文藝春秋)『情熱のサイドスロー ~小林繁物語~』(竹書房)『ジャッキー・ロビンソン ~人種差別をのりこえたメジャーリーガー~』『柔道の父、体育の父 嘉納治五郎』(ともに汐文社)ほか著書多数。

三宅は2012年ロンドンの銀、2019年リオデジャネイロの銅に続く3大会連続のメダル獲得を目指し、父・義行さんと二人三脚で競技を続けてきた。義行さんは1968年メキシコ大会の銅メダリスト。

―― では、2011年から6年間を過ごした草加はいかがでしたか?

オリンピック3大会(2008年北京、2012年ロンドン、2016年リオデジャネイロ)に出場し、個人総合2連覇を含む7つのメダル(金メダル3、銀メダル4)を獲得。
また、世界体操競技選手権でも個人総合での世界最多の6連覇を含む21個のメダル(金メダル10、銀メダル6、銅メダル5)を獲得している。国内大会ではNHK杯個人総合、全日本選手権個人総合ともに10連覇。

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