2021最新 大橋悠依中学校

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

2021最新 大橋悠依中学校

東京オリンピック、競泳の女子200メートル個人メドレー決勝で、大橋悠依選手が2分8秒52でフィニッシュし、今大会2つ目の金メダルを獲得しました。

2017年4月、東洋大学4年生の時に日本選手権400m個人メドレーに出場して日本記録(当時)で優勝。200m個人メドレーでも優勝して2冠に輝き脚光を浴びた。同年7月にハンガリー・ブダペストで行われた世界選手権200m個人メドレーでは日本記録2分07秒91を樹立して銀メダルを獲得している。

大学時代に初めて日本記録を樹立し、その後も記録を増やしていった。2021年はさらなる記録更新と初の五輪出場を目指す。

大橋が持つ日本記録は計5つ。2018年4月、日本選手権400m個人メドレーに出場して4分30秒82の日本記録で優勝した。

女子400メートル個人メドレーで金メダルを獲得した大橋選手は、28日行われた女子200メートル個人メドレーの決勝に出場しました。大橋選手は最初のバタフライで5番手につけると、続く得意の背泳ぎで一気に2番手まで順位を上げて、平泳ぎもそのままトップ争いを続けました。

7月28日、400m個人メドレーに続き、200m個人メドレーでも2つ目の金メダルを獲得した大橋悠依選手(25)。
大橋選手は表彰式の後、心の支えになった人がいたことを明かした。

滋賀県立草津東高校時代には100m背泳ぎ(2011年山口国体、1分02秒81)、200m背泳ぎ(同年ジャパンオープン、2分13秒49)、200m平泳ぎ(2012年県民体育大会高校の部、2分35秒40)、400m個人メドレー(2013年オーストラリアユースオリンピックフェスティバル、4分43秒54)で滋賀県記録を作っている。

2人で目指した東京オリンピックの舞台。
運命が分かれたのは4か月前の日本選手権。日本代表を決める女子400m個人メドレー決勝だ。
レース直後、大橋選手は自身の優勝やオリンピックの出場内定を喜ぶ様子もなく、3位となった清水さんのもとへ。
代表までわずか0.21秒でこぼれ落ちた2人の夢…
2人の夢を乗せた東京オリンピックに挑んだ大橋選手。
時には、落ち込む大橋選手を清水さんが励ますこともあったという。

第3コースで泳いだ大橋は、2泳法目の背泳ぎでトップに立つと、続く平泳ぎでさらに差をに広げ、自由形で逃げ切った。
レース直後には涙も流れたが、チームメートの顔を見ると、再び笑顔が広がった。「不安もあったが、昨日いい泳ぎができたので、とにかく自分のレースをしようと思って、自分を信じて泳ぎました。自分が金メダルを獲れるなんて、本当に思ってなかったので。ここにくるまで色々なことがあったが、ここにチャレンジさせてもらえて感謝していますし、ここで力を出し切れるように色々な方が支えてくださったので、感謝しています」と話した。
24日夜の予選で出した4分35秒71から3秒以上タイムを縮めた。「タイムも日本新(4分30秒82)出して以来の結構速いタイムだと思うので、朝のこの時間にこのタイムで泳げて、やってきたことは間違ってなかったと思う。楽しいレースができた」と会心のレースだった。
「みんな応援してくれて、自分が暗くなって1人になっちゃうときも、色々な人が声をかけてくれて、本当にチームに支えられていると思っている。みんなが応援しにきてくれて、すごい力が出せました」と笑った。
13年9月に東京が開催地に決まった時は高校3年。「ボランティアやトレーナーなど何らかの形で関われればいいな」と思っていた。中、高校時代は目立った成績はなく、東洋大進学後も左膝の脱臼や重度の貧血に悩まされた。大学2年時の15年日本選手権の200メートル個人メドレーは最下位の40位に低迷。引退して公務員になることを本気で考えたが、投薬治療や食生活改善で貧血を克服すると、一気にタイムが伸びた。17年に初めて日本代表に入り、世界選手権で銀メダル。一躍、日本女子のエース格となった。
昨年9月から左右の筋力を均等にするトレーニングに取り組んできた。泳ぎの左右のわずかなバランスを気にする繊細な性格の持ち主。今月初旬、精神状態は最悪だった。6月下旬に実施した本番を想定したタイムトライアルで低調な記録に終わり、近い関係者に「メダルが獲れないので五輪に出たくない」と漏らした。五輪直前に信頼を置くトレーナーによる体のメンテナンスを受け、水中動作の感覚が一気に好転。ギリギリで本番に間に合わせた。
大橋にとって初めての五輪。「まだ夢みたいなんですけど、泳いでいてすごい楽しくて、それが自分が水泳をやっているすべてだと思う。頭を切り替えて200も頑張りたいと思う」。200メートル個人メドレーへも大きな自信を手にした。
◇大橋 悠依(おおはし・ゆい)1995年(平7)10月18日生まれ、滋賀県出身の25歳。世界選手権は17年に200メートル個人メドレーで銀メダル、19年は400メートル個人メドレー3位。滋賀・草津東高、東洋大出、イトマン東進。1メートル74、57キロ。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。

Leave a Reply

*