2021最新 大橋悠依幼稚園

2021最新 大橋悠依幼稚園

東京五輪の競泳女子400メートル個人メドレーで金メダルに輝いた大橋悠依(イトマン東進)。子どものころはそこまで目立つ選手ではなかったが、地道にコツコツと力を伸ばし快挙を達成した。かつて指導した恩師も「嬉しいし、びっくりです」と感無量だった。
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滋賀県出身で、三姉妹の末っ子の大橋。彦根市のスイミングスクールに入ったのは幼稚園の時だ。小学校3年の時から高校時代までを指導した奥谷直史さん(現・堅田イトマンスポーツクラブ所長)は、出会った頃の大橋を「20人ほどいた同年代の子供たちの中でも、特に目立つ存在ではなかったんです。スラっとして背は高い方ではありましたが、身体が細くパワーはなかったと思います」
と振り返る。
ただ一つ、抜きんでていたのは、努力を続けられる“超真面目”さ、だった。
「野球で例えるなら素振りのような地味な反復練習をさせると、どの子どもも終盤あたりで飽きて手を抜いてしまうことがありました。そこはみんな子どもですからね。ただ、大橋だけはどんな地味な練習でも、きっちり最後までやり抜くんです。パワーがない分、コツコツと技術を鍛えて力をつけ、ジュニアオリンピックに出るようになりました。中学、高校時代も同じようにコツコツと、一つひとつ、目標タイムをクリアしていきました」(奥谷さん)
普段は明るいが、試合前になると顔つきが変わりスイッチが入る。ただ奥谷さんは、大橋の意外な一面も知った。
高校時代、大きな大会の遠征先のホテルで、部屋が隣り同士になったことがあったが、試合前日の夜9時ごろだったか、隣の部屋から歌が聞こえてきた。
その歌は、しばらく続いた。
「翌日、大橋に自分で歌ってたのかって聞くと、『そうです』と笑うんです。曲は嵐だったかな……なんだったのか分かりませんが、まじめな一方で、自分をリラックスさせようとこういう工夫もするんだなと、感心しました。もしかすると、好きで歌ってただけかもしれませんけどね(笑)」

競泳女子のエースとして東京五輪に臨む。武器はスリムで長い手足を生かした抵抗の少ない、大きな泳ぎ。女子200m個人メドレーと同400m個人メドレーで表彰台を狙う実力を持つのが大橋悠依(イトマン東進)だ。「世界を見ても、200mと400mの個人メドレーを両立している選手は少ない。自分はしっかり両立して、どちらもメダルを取れるようにしたい」ターゲットをはっきりと口にする凛とした表情が印象的だ。

だが、大橋には天性のセンスがあった。中学生になると「細い体でも戦えることが分かった」と意識も高くなり、全国大会で優勝するようになった。そんな大橋の才能を高く買ったのが、五輪2大会連続2冠の北島康介や、リオ五輪で金銀銅メダルを獲得した萩野公介の指導者として知られる平井伯昌氏である。大橋と平井氏との出会いは12年のジュニアパンパシフィック選手権。当時の大橋の専門は200m個人メドレーや200m背泳ぎで、ジュニア日本代表の監督だった平井氏の目には、「ゆったりとした泳ぎだけど素質はありそうだ」と映っていたという。大会が終わってみると、200mの2種目では今一つの成績だったが、専門ではなかった400m個人メドレーで自己ベストを記録した。「体が細くて水を捉えるのがうまいので、400mの方が合っていると思った」という平井氏は、自身が監督を務める東洋大学に大橋を勧誘し、400m個人メドレーをメインにしていこうというプランを伝えた。

それまでほとんど無名だった女性スイマーがいきなり世界のトップシーンに躍り出たのは、リオデジャネイロ五輪の翌年のことだった。東京五輪に向けて各競技のアスリートたちが再スタートを切った2017年。当時、東洋大学4年生だった大橋の登場は鮮烈だった。初出場となった世界水泳選手権の女子200m個人メドレーで銀メダルを獲得。続く18年のパンパシフィック選手権では200mと400mの個人メドレーで2冠を達成した。19年世界選手権では200m個人メドレーこそ泳法違反で失格となったものの、400m個人メドレーで銅メダル。世界選手権で2大会連続メダルを獲得したように、実績は申し分ない。

こうして14年に東洋大学に入学した大橋だったが、最初の2年間は思うような成績を出せない日々が続いた。入学してからしばらくは体力不足が目立ち、大橋1人だけ早朝の陸上トレーニングメニューが課されたほど。他の選手と同じ水中練習メニューをこなす前に体力をつけるのが先決だった。大学2年生になると今度は貧血に苦しんだ。タイムがまったく伸びなかったため、原因を探るべく精密検査をしたところ、ヘモグロビンの数値が低く、貧血であることが判明したのだ。ただ、原因が明らかになったことで、大橋の気持ちはむしろ好転した。鉄分を多く取るなど食事から改善し、まずは体を整えた。萩野をはじめとする精鋭たちが集う16年2月の海外高地合宿には参加できなかったが、平井氏によれば、「気になっていたので合宿に出発する日に大橋を呼んで『僕がいなくても頑張っておきなさい。来年は君を強化する番だから』と話した」という。こうして迎えた16年の日本選手権兼リオ五輪選考会で400m個人メドレー3位になったことが大橋の心に火をつけるきっかけとなった。リオ五輪の出場権を得ることはできなかったが、高地合宿に参加せずとも出場ラインまであとわずかに迫ったからだ。

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