2021最新 古川高晴 ロンドン

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2021最新 古川高晴 ロンドン

◆古川 高晴(ふるかわ・たかはる)1984年8月9日、青森市生まれ。36歳。沖館中時代は英語部。青森東高では弓道部に入りたかったが部がなく、アーチェリーを始める。3年時に世界ジュニア選手権出場、国体優勝。2003年に近大に進むと、04年アテネ五輪で個人2回戦敗退、団体8位。07年以降は母校の職員として競技を継続。08年北京五輪個人1回戦敗退も、12年ロンドン五輪では個人銀メダル獲得。4大会連続となった16年リオ五輪は8位。175センチ、87キロ。

同会場は、今大会のために整備された競技施設の一つで、江東区の都立夢の島公園内に2019年にオープンした。ランキングラウンドは決勝トーナメントの組み合わせを決めるためのもので、男女各64人の選手がそれぞれ72射を放ち、合計得点で順位とトーナメントの組み合わせが決まる。つまり、1位は64位と、2位は63位と、3位は62位と…という組み合わせになる。

アーチェリーの2012年ロンドン五輪銀メダリストで、この種目の日本勢最多タイとなる5度目の五輪出場を狙う古川高晴(35=近大職)は高機能サングラスを身に着けている。70メートル先にある的の中心の黄色が、鮮明に見える最新技術が施されている。物作りの町、大阪府東大阪市の山本光学が製作。特定の色を見えやすくする技術は、あるスポーツ選手の一言がきっかけで生み出された。

日本は2012年ロンドン大会男子個人銀メダリストの古川高晴、女子団体で銅メダルを獲得した早川漣に期待が集まる。古川は5大会連続出場。早川はロンドン大会後、右肩の痛みの影響で第一線を退いたが、2016年に復帰し、2大会ぶりのオリンピック代表の座をつかんだ。

《高得点ゾーンが強調され狙いやすく》
古川のサングラスは、黄色が強調されて見える。70メートル先の的の中心、9点、10点ゾーンにある、その鮮やかな色を狙いやすくするためだ。特定の色が見えやすい、山本光学の高機能サングラス「ウルトラレンズ」が、2度目のメダルへの「ウエポン」になっている。
初めてかけた2015年の感動を忘れていない。「色が凄くきれいで、普通よりも色が強調されていた」。驚く半面、違和感もあった。的は、点数が高い中心から外へ黄→赤→青→黒→白へと変わる。7点、8点ゾーンの「赤」が目立った。
「日本のユニホームが赤で、それがチカチカ見えた。次に赤を抑えてもらったものを作ってもらったら、今度は緑が強くなってしまって。周囲の木が見えやすい感じだった」
《レンズ製造工程は「カレースパイスのようなもの」》
物作りの町、大阪府東大阪市で、医療用からレーザー作業者用まで保護眼鏡を製造する同社は「SWANS」ブランドで有名なサングラスも展開している。特殊な素材を組み合わせて目に入る光の色をコントロールし、用途に合ったレンズを作る技術を強みとする。
1枚のレンズを作る工程を、同社のスポーツ第1事業部営業部営業推進課の山尾優太郎係長(35)は「カレーのスパイスのようなもの」と例える。
「ある色の波長をカットするために、カレーのスパイスのように、材料の分量はどれぐらいで、どんな素材を使って――というのを何度も繰り返しました」
ロンドン五輪個人銀メダルの古川の感覚は鋭く「担当者が分からない違いを的確に指摘してくれる」という細かな要望に応えながら、これまで改良に改良を重ねてきた。トーナメントは1対1の勝負。心理状態を読まれないためのミラー加工もこだわりの一つだった。視界を暗くする性質があるミラー加工と、黄色を明るくはっきり見せるという相反する技術を融合し、オリジナルが完成した。
《きっかけは石川遼の一言》
古川と山本光学を結び付けたのは意外な人物だった。同社の石浦保執行役員(52)が8年前を振り返る。
「プロゴルファーの石川遼選手に、“青空に消えるボールをはっきり見たい”と言われたことがきっかけで、ゴルフボールを見えやすくするためのレンズ開発に着手しました」
2012年当時「まぶしいからサングラスをかける」というのが常識で、ある色だけ見やすいという発想はなかったそうだ。
「石川モデル」開発のために、専門家の近大生物理工学部・片山一郎准教授(現教授)を訪ねる中で、石浦さんは古川と出会う。両者は共鳴し、世界でも珍しい「アーチェリー専用サングラス」の開発がスタートした。古川が最初、赤が強く感じたのは「石川選手のサングラスが白と赤を強調する仕組みだったからです」と石浦さんは懐かしむ。
《太陽隠れても黄色「よく見えた」》
晴れでも曇りでも1本で対応できる新作の「全天候型」を、3月の五輪代表2次選考会で初投入した。時折、太陽が隠れても、黄色が「よく見えた」と2日目を1位通過した。
視力が悪い古川は、「度付き」でもある同社の高機能サングラスが手放せない。新型コロナウイルスの影響で東京五輪が延期になり、4月の最終選考会は中止になった。決定前に「ペースを崩さずに練習をすることが大事」と自分に言い聞かせた35歳。先行き不透明な状況でも、この種目の日本勢最多タイ5度目の五輪出場へ、視界は開けている。◆古川 高晴(ふるかわ・たかはる)1984年(昭59)8月9日生まれ、青森市出身の35歳。青森東高で競技を始め、高3時の高知国体で個人優勝。近大を経て近大職。30歳までは1日600射の猛練習で腕を磨いた。27歳で出場した12年ロンドン五輪で銀。18年7月に食品会社勤務で管理栄養士の資格を持つ6歳下の妻と結婚した。現役生活は「成績や体力が落ちて満足に練習ができなくなったらやめたい。五輪に出るだけで満足というのはやりたくない」という美学を持つ。1メートル74、91キロ。
▽東京五輪のアーチェリー 枠は男女各3人。代表は個人と団体に出場。新種目「混合」は予選ラウンドの男女のトップがペアを組む。代表選考は2次まで終了して男女各5人まで絞られたものの、五輪延期に伴い選考をやり直す可能性がある。
▽アーチェリーの五輪成績 最多出場は山本博の5回(84、88、92、96、04年)。松下和幹は不出場の80年モスクワを合わせて5度代表(80、84、88、96、00年)。個人のメダルは、道永宏の76年モントリオールの銀、山本博の84年ロサンゼルス銅と04年アテネの銀、古川高晴の12年ロンドンの銀。団体は女子が12年ロンドンで銅を獲得した。
▽五輪の個人戦競技方法 男女各64人が出場し、予選を行う。70メートル先の的に向かって72射する。的の中心は10点で、CDとほぼ同じサイズのわずか12.2センチ。外に向けて9点、8点…と低くなり、1番外が1点。外せば0点。合計点の順位に応じて、1対1で行われる決勝トーナメント組み合わせが決まる。決勝Tは1セット3射で、得点が多い方が2点、同点なら1点を獲得。先に6点を挙げた方が勝ちとなる(最大5セット)。同点の場合は、1射して得点が高い方が勝ちの「シュートオフ」に持ち込まれる。

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