2021最新 柳楽優弥 千歳船橋

2021最新 柳楽優弥 千歳船橋

冨永愛(2019年12月28日放送)
フランス・パリ「トップモデルのご褒美カルビ」
15歳でモデルとなり、17歳で海外初挑戦。トップモデルという栄光を目指し、世界中から集まったモデルたちと競い合い、何万人という中からオーディションを勝ち抜き、ようやくランウェイに立てる。そんな厳しいモデルの世界で闘い、パリ、ロンドン、ミラノ、ニューヨークという世界のファッション界で活躍するようになった冨永愛さん。そして遂に海外挑戦して10年、27歳の時に一流ブランド「GIVENCHY」のエクスクルーシブ(専属契約)を勝ち取る。ブランドに1人しかいないエクスクルーシブになれることは、いわゆるスーパーモデルの証。そんなモデルとして認められた嬉しい時や、ひと仕事終えた時のご褒美として、異国の地パリで訪れたのが、セーヌ川の近くにある焼肉店「松ちゃん」。日本人が営んでおり、店内に入ればまさに日本。フランスのファッション界にもファンの多い人気店だという。ステーキ肉も美味しいフランス産のお肉を使用し、特製タレでいただく焼肉は、日本で食べるのと遜色ない美味しさ。

中村獅童(2020年3月28日放送)
神奈川・鎌倉「愛妻との縁を繋いでくれた…あの街のイタリアン」
獅童さんのことを支える妻の沙織さん。出会いは、獅童さんの行きつけのアクセサリー店。店員だった沙織さんのことが気になっていた獅童さんが招待されたパーティー後、飲みに誘ったのがキッカケだった。しかし、沙織さんは3時間経っても現れず…痺れを切らした獅童さんが電話で言った言葉は『お前、早く来いよ』。実は、沙織さんはどう断ろうかとずっと上司に相談して悩んでいたという。そんなことは知らず、その後やって来た沙織さんに対し、お酒が入っていい気分になっていた獅童さんは『俺と結婚しよう』と、いきなりのプロポーズをする始末。その次の日、前日のヒドイ自分を猛省した獅童さんは、あらためて沙織さんを食事に誘った。そうして初デートで行ったのが、某番組の鎌倉特集で知ったイタリアン「Fosseta(フォセッタ)」だった。

2002年、忌野清志郎さんと及川さんが組んで結成したスペシャル・ユニット「ミツキヨ」。一緒に音楽活動する中で、いろんなことを経験させてもらい、清志郎さんから多くのことを学んだという。王子様キャラでブレイクし、一躍人気者となった及川さんが“王子からミッチーへ”転職宣言をして新たな道を模索していた頃、どうしても“王子様キャラ”ありきでイジられ続けていたことがあった。

このお店には、もう1つ忘れられない思い出がある。“お笑いで天下を獲る”という夢を抱き、2013年にコンビを結成した二人だったが、結成3年目に解散の危機が訪れる。大学へ通いながら芸人として活動していたせいやさんは卒業を前に就活するのかという選択に、一方の粗品さんは実家の焼き肉店を継ぐかという問題に、それぞれ悩み、『お笑いで早く結果を』とあせっていたという。

京都・西陣「医者も驚く!奇跡の“スッポン”」
伯父の三代目市川猿之助(現・二代目市川猿翁)が始めたスーパー歌舞伎シリーズ。それを「スーパー歌舞伎Ⅱ(セカンド)」として継承したのが、四代目となる猿之助さん。その第2作として、2015年から2018年まで公演したのが話題作「スーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』」だった。演出も手掛け、座頭として精力的に舞台に立っていた猿之助さんだったが、2017年の公演で思わぬ事故に遭う。本番中に舞台装置に衣装が巻き込まれ、左腕を骨折して全治3カ月の重傷。一歩間違えれば大量出血で命も落としかねない事故だった。幸いにも、観劇していた整形外科医がすぐに駆け付けて応急処置を施し、その後の迅速な対応により一大事には至らなかったものの、左腕は長時間挟まれていたため皮膚が壊死していく可能性があったという。医師からは、臀部からの皮膚移植が必要と言われていたそう。しかし、そんな状況でも猿之助さんは超ポジティブ。『皮膚移植やりたくないな。皮膚にいいものは、フカヒレ、ツバメの巣、すっぽんだな』と考え、入院当日の夜から毎日『皮膚のために贅沢させてくれ』と頼み込み、「すっぽん」「フカヒレ」を差し入れしてもらい食べ続けたという。中でも毎日飲んでいたのが、京都・西陣にある「大市」の「すっぽんスープ」だった。

そして、覚悟を決めて迎えた結成3年目、2015年M1グランプリ…しかし結果は3回戦敗退。後日、「酔虎伝」に行った二人は、わんわん泣きながら『もう解散や。やめよう』と決めたという。しかし飲み続ける中、悔しさからふとあることを思いつく。『最後に、1回だけボケとツッコミを変えてやってみよう』と。

実は、こんなに食べまくっていたのは食べ盛りの10代というだけではない、柳楽さんだからこそ抱えていたある悩みがあった。14歳にしていきなり世界中から脚光を浴びた柳楽さんはデビュー作以降、演じることに対し必死に取り組んでいたものの、世間の評価と自らの経験値との間にズレを感じ、『演技がうまくなりたいのに…なかなか思うようにいかない』と、ジレンマを抱え悩みまくっていたというのだ。そんな悩みもあり、一時食べ過ぎていた柳楽さんだったが、その後演技の世界から一時離れた時期を経て、現在のような活躍ぶりに辿り着いたのだった。

ここで焼き肉をよく食べて一緒に過ごした仲間たちをモデルに、小栗さんは初監督映画(2010年公開「シュアリー・サムデイ」)を製作。小栗さんにとって、かけがえのない体験をした青春時代の思い出は、その後の俳優人生に大きく影響していた。

ゲストは、マヂカルラブリーの二人、野田クリスタルさんと村上さん。2020年M-1グランプリで優勝し、バラエティ番組に引っ張りだこ!今、ノリにノッているお笑いコンビ。しかし、その芸人人生は二人ともこじらせまくりだった!?高校時代から芸人として活躍していた野田さんに至っては、その栄光から一転…激すべりのピン芸人時代など紆余曲折。そんな二人が自分たちのお笑いを支えてくれたおいしいものと共に、M-1王者になるまでの芸人人生を語った。

東京・白山「貧乏な学生時代を支えてくれた!日本一の学食」
実は、最終学歴は東洋大学の中国哲学文学科(現・東洋思想文化学科)卒業というフワちゃん。大学時代は学校にも通いながら、芸人養成所にも通う多忙な日々を過ごしていた。しかし、次第に授業を欠席しがちになり、遂に留年。そのことを親に言えなかったフワちゃんは、1年分の学費と養成所の費用で約150万円の借金を抱えることに。そのため、生活費を切り詰めていたフワちゃんの主食は、大学の学食だった。実は、東洋大学・白山キャンパスの学食は「学食ランキング1位」(2017年&2018年、早稲田大学学食研究会調べ)に輝き、バリエーションに富んだ本格的な料理が食べられるという“日本一の学食”で知られる。フワちゃんのオススメは、「Curry manta」の「カレー2種(ハーフ&ハーフ)+ナンセット」 。もちろん、値段は学食なので500円という有難さ。それを貧乏学生仲間だった仲良し女子3人組でシェアして食べていたという。

もともとはそこまで高級店ではなかったという「初音鮨」。親方・中治勝さんが四代目を継ぐ前は、『蒲田においしい寿司屋はない』と言われていたほどで、その言われ様に中治さんは奮起した。すると、店内は張り詰めた空気になり、遅れたお客にも『なんで遅れた?』『話なんかしないで食べてください』と詰め寄る始末だったという。しかし、そんな中に転機が訪れる。2005年、女将として一緒に店を切り盛りしていた妻・みえ子さんが乳がんになり、余命宣告を受けたのだ。中治さんは、『もしかしたら、自分のせいで乳がんになってしまったのではないか』と思い悩み、これを機に心を入れ替える。『今日で店が潰れてもいいから、妻のために、妻がたのしむために、最高のネタで最高の寿司を握ろう』と。すると、2009年に「ミシュランガイド東京」で初めて二つ星の評価を受けた。しかも、妻・みえ子さんの闘病もうまく進み、今も元気に女将として働いている。

東京・三宿「大人の味を教わった…イタリアン」
1990年代前半、若者たちがおしゃれスポットとして集った世田谷区三宿。それを代表するのが、人気イタリアンレストラン「カフェ ラ・ボエム」。まだ20代だった加藤さんと矢作さんもよく通っていたこのお店…実は今思い出すと、二人には恥ずかしい思い出がある。当時、二人はお互い付き合っていた彼女を連れてWデート。一緒にテニスをした後、「ラ・ボエム」のテラス席でちょっと気取ってご飯を食べる…そんな流行にのったベタベタな青春のひと時を過ごしたこともあったという。

コースは、旬の厳選素材を使った串揚げが約20本。お客がどの調味料で食べればいいか迷わないよう、串の向きをオススメ調味料に指して提供してくれる。

当時、牛丼1杯250円と他店より安く、しかも味も抜群においしいと評判だった。しかし、大手チェーン店としのぎを削る中、2013年に「牛丼太郎」は全店舗閉店してしまう。そんな中、「牛丼太郎」を愛する元従業員たちが「この味をどうにか残したい」と立ち上がり、味も値段もそのまま、さらには店舗もそのまま引き継ぎ、文京区茗荷谷に1店舗だけ「丼太郎」として復活。売れない時代の村上さんをある意味で救ってくれた“幻の牛丼”がここで味わえる。

茨城・鹿嶋「鹿島アントラーズの思い出が詰まった!牛タン」
高校卒業後に入団した2006年から2010年、そして2018年に復帰してから昨年引退するまでの計6年間。内田さんが所属したJリーグの強豪クラブ「鹿島アントラーズ」。その選手や関係者の御用達であり、内田さんにとってもたくさん思い出が詰まったお店がある。茨城県鹿嶋市の焼肉店「羅光苑」。振り返ると、アントラーズ入団後初めて行った鹿嶋市のお店で、その後も試合後の反省会をやるなど、サッカー人生の中にはいつもこのお店の存在があったという。ちなみに、現役引退して鹿嶋市での最後の食事もこのお店だったそう。

SNSでもご購読できます。

Leave a Reply

*