2021最新 岩崎恭子 オリンピック タイム

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2021最新 岩崎恭子 オリンピック タイム

7月23日に開幕した東京オリンピックは連日、日本勢が金メダルを獲得している。

アーティスティックスイミングは音楽に合わせてプールのなかでさまざまな動きや演技を披露し、技の完成度や一体感、構成、表現力などの得点で競う。2017年7月に国際水泳連盟が種目名を変更するまでは「シンクロナイズドスイミング」と呼ばれていた。オリンピックでは女子のみ実施され、2分20〜50秒の曲に決まった8つの動きを入れる「テクニカルルーティン」と、3〜4分の曲の中で自由に演技する「フリールーティン」が行われる。

1992年バルセロナ五輪200メートル平泳ぎ、競泳史上最年少14歳で金メダル獲得。名言として残るインタビューも相まって、一躍、時の人となった。引退後は児童の指導法を学ぶために米国へ留学し、水泳・着衣泳のレッスンやイベント出演を通して水泳の楽しさを伝える活動をしている。

西矢の13歳でのメダル獲得は、日本の最年少記録。これまでは、1992年バルセロナ五輪の競泳女子200メートル平泳ぎで金メダルを取った、岩崎恭子の14歳が最年少だった。

なるほど、これが菅義偉政権の狙いなのだろう。菅首相はワクチン接種のスピードを上げることで新型コロナを収束に向かわせるとともに、東京オリンピック・パラリンピックを成功させ、その成功をテコに自民党総裁選と衆院総選挙に勝って首相を続投することを目指している。

7月23日に開会式を終え、本格的に競技がスタートした東京五輪。24日には競泳が初日を迎え、各種目に多くの日本人選手が登場した。女子400メートルリレー予選では、白血病を克服して五輪の舞台に立った池江璃花子(ルネサンス)が第2泳者として出場。しかし、惜しくも全体の9位となり決勝進出を逃した。
大橋悠依(イトマン東進)が女子400メートル個人メドレー決勝に、武良竜也(ミキハウス)が男子100メートル平泳ぎ準決勝に進出を果たすなか、メダル獲得を期待されていた瀬戸大也(TEAMDAIYA)は得意の男子400メートル個人メドレーでまさかの予選敗退。幕開けから大波乱が起こった。
そんな初日を、1992年バルセロナ五輪の金メダリストで、現在は競泳の指導者・解説者として活動する岩崎恭子さんに振り返ってもらった。

日本の最高成績は、1936年に行われたベルリン五輪の男子飛板飛込で柴原恒雄、女子高飛込で大沢礼子が記録した4位入賞だ。2016年のリオデジャネイロ五輪では、板橋美波が女子高飛込で8位入賞を果たした。2018年に行われたアジア競技大会の男子3メートルシンクロナイズドダイビングで銅メダルを獲得した寺内健・坂井丞ペアも力をつけてきている。東京五輪では、2008年北京五輪で全8種目中7種目を制した中国や、4回転半を飛ぶ欧米勢によるレベルの高い争いに食い込み、日本飛び込み界初のメダル獲得に期待が集まる。

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周囲から心無い言葉を浴びせられることもあり、金メダルを獲った事を後悔したこともあったという岩崎さん。番組では、そんな「金メダルの光と影」を追うとともに、一児の母として仕事と育児を両立させる彼女の「今」に密着。苦しかった日々を乗り越え、笑顔と自信の大切さに気付いた岩崎さんの「生きる原動力」と「一番の幸せ」に迫ります。

驚いたのが、新種目のスケートボード女子ストリートでの日本史上最年少の金メダル。記者会見で「(ご褒美は)焼き肉です」と笑顔を見せた中学1年の西矢椛は、13歳10カ月26日での金メダル獲得だった。1992年のバルセロナ五輪の競泳女子200メートル平泳ぎを14歳6日で金メダルを獲得した岩崎恭子を抜いた。

1992年バルセロナ五輪競泳女子200メートル平泳ぎ金メダルの岩崎恭子氏(43)が、競泳女子の大橋悠依(25=イトマン東進)にさらなる期待を寄せた。
大橋は25日の400メートル個人メドレーで金メダルを獲得すると、28日の200メートル個人メドレーでも接戦を制した。夏季五輪の日本女子選手として初めて2冠を達成し「競泳は個人で何種目も出られる競技なので、チャンスがあるのはありがたいなと思います。ただ、史上初という実感がないのでビックリしています」と神妙に語っていた。
歴史に名を刻んだ大橋の泳ぎについて、岩崎氏は「本人も話していましたが、400(メートル個人メドレー)で勝ったことですごく余裕があったと思う。あとは作戦を立てる上で、非常に平井(伯昌)先生もしっかりとアドバイスしたと思うし、作戦はすごく当たっていた」と振り返った。
競泳女子界の歴史に新たなページを刻んだ大橋。来年5月には世界選手権(福岡)を控えていることから「追いかけられる立場になったと思うが、そこでもう一度2冠を達成してもらうと、またさらに強さを見せられるんじゃないかな」とエールを送った。

最初の種目(男子400メートル個人メドレー)で、瀬戸大也選手が決勝に残れないという予想もしていなかった事態が起きました。
レース展開をどう考えていたかは本人にしかわかりません。しかし、レース後のインタビューで語っていたように、予選で好記録を出したものの決勝では力を出し切れなかった前回のリオデジャネイロ大会のイメージがあったのでしょう。今回は、「予選で力をセーブして決勝に勝負を懸ける」という考えだったと思いますが、現実は勝負し切れず、その作戦ミスが命取りになりましたね。
本人いわく調子は悪くなかったようですし、実際にそういう印象を受けました。ただ、最後にペースを上げられなかったところを見ると絶好調ではなかった気はしますね。最後の自由形で追い上げられたときに、体が動けばそのまま逃げ切れる。だからやっぱり、「力を出し切れなかった」というのが正直なところだと思います。ラスト50メートルくらいまでは力をセーブしていたのが見ていてわかったので、「最終的に何がいけなかったのか」を本人も自問自答しているのではないでしょうか。
幸い、まだ2種目(200メートル個人メドレー、200メートルバタフライ)が残っています。過去に世界選手権でも似たような状況から優勝しているので、「切り替えができるタイプ」の選手です。起きてしまった結果は仕方がないですし、もう次を見据えるしかありません。私は彼のことを10代の頃から見てきましたが、「巻き返せる強さ」を持っている選手だと思っています。

たとえ東京五輪でメダル獲得が続いても決して忘れてはならない。東京オリンピックの開催中も新型コロナの感染は増え続け、緊急事態宣言下であることに変わりはない。金メダル獲得を喜ぶ声が上る一方で、重症化して苦しむ患者や、軽症で隔離状態となる感染者は多い。なかには運悪く死亡する人もいる。医療の逼迫ひっぱくも懸念される。

表彰台に上がった3人の平均年齢は14歳191日で、五輪史上最年少となった。最も若い金メダリストは、1936年ベルリン大会の飛板飛込のマージョリー・ゲストリング(13歳267日)で、西矢より63日先んじている。レアウが優勝していれば、13歳203日で最年少記録の更新だった。

水球は1860年代のイギリスで発祥した。プールで行われる唯一の球技種目で、男子は1900年のパリ五輪から、女子は2000年のシドニー五輪から実施されている。1チーム7人で、水深2メートル以上のプール内につくられた縦30メートル、横20メートルのコートで2チームがゴールにボールを投げ入れ合って得点を競う。ボールを持つ選手に対しては、激しいコンタクトプレーも認められており、「水中の格闘技」と称されるほど激しいスポーツでもある。スピーディーな試合展開や多彩な戦術も見どころの一つだ。

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