2021最新 岩崎恭子 レース

2021最新 岩崎恭子 レース

岩崎さんは3姉妹の次女。3つ歳の離れた一番上の姉が水泳を習っていたことから、その影響で自身も5歳の頃より地元のスイミングスクールに通い始めたという。では、岩崎さんがスイミングを始める契機となったお姉さんは、何の影響で水泳を始めたのだろうか。

「国際水泳連盟が定める『女子平泳ぎ』には50m・100 m・200 mの3つがあり、私のなかで50mと100 mは短距離というイメージ。私はスピードよりも持久力に強みを持っていて、長い距離のほうがタイムのレベルが高かったので、おのずと200mの選手として選ばれるようになりました。 そもそも平泳ぎの選手になったのも、たまたまタイムが良かったからという単純な理由です。小さいころは記録会で全種目の泳法のタイムを計るのですが、どういうわけか平泳ぎだけいい記録が出たんですよね。楽に泳げるという意味ではクロールが一番好きですが(笑)。 ちなみに平泳ぎだけ『引いて・伸びて』という特殊な動きも求められるため、4泳法のなかで最も技術が必要と言われています。自由形(クロール)・背泳ぎ・バタフライは水を『掻いて』進むという部分で共通しているので、オリンピックのレベルでも自由形と背泳ぎ、自由型とバタフライといった2種目をこなす選手はいるのですが、平泳ぎの選手にはほとんどそれがありません。この事実だけを見ても、平泳ぎの特殊性が分かると思います」

パワーに劣る日本人選手が平泳ぎで好結果を残しているのは、パワー不足をテクニックで補っているからだという。また当時のレース映像を見るとよく分かるが、岩崎さんは追い込み型。後半に強いイメージがあるのだが、それはどのような理由からなのか。

岩崎さんが金メダルを獲得したのは「200m平泳ぎ」。平泳ぎの種目のなかでは最長のカテゴリだ。この泳法、距離に辿り着く過程というのは、意外なまでにシンプルなものだった。

今回のゲストは、元競泳選手の岩崎恭子さんです。1992年、14歳で出場したバルセロナオリンピックで金メダルを獲得。競泳史上及び日本五輪史上最年少での金メダルという快挙を成し遂げた“レジェンド”です。

大阪府出身。フリーアナウンサー、スポーツライター。四国放送アナウンサー、NHK高知・札幌キャスターを経て、フリーへ。2011年に番組でパラスポーツを取材したことがきっかけで、パラの道を志すように。キャッチコピーは「日本一パラを語れるアナウンサー」。現在はパラスポーツのほか、野球やサッカーなどスポーツを中心に活動中。

「今まで生きてきた中で一番幸せです」。バルセロナオリンピックのレース後に口にしたこの言葉とともに、当時、一躍時の人となった岩崎さん。しかし、多感な14歳の少女の心は、その環境の変化に追いつくことができませんでした。

「勝った!金メダル!55秒05、55秒05!鈴木大地、金メダル!」1988年、韓国ソウル五輪の鈴木大地、現在のスポーツ庁長官による大逆転金メダル、これは予想も出来ないことだった。鍵は「銀メダルはいらない。金だけだ。4年前のロサンゼルスの悔しさを忘れたことはない」という壮絶な意気込み。前回のロサンゼルス五輪で決勝に残れずスタンド観戦した無念、「出るだけでは駄目だ。戦いたい」。大地を指導し続けた鈴木陽二コーチは決勝レースに向けてこう言って送り出した。「大地、お前は天才だからな」。

1992年バルセロナ五輪競泳女子200メートル平泳ぎ金メダルの岩崎恭子氏(43)が、競泳女子の大橋悠依(25=イトマン東進)にさらなる期待を寄せた。
大橋は25日の400メートル個人メドレーで金メダルを獲得すると、28日の200メートル個人メドレーでも接戦を制した。夏季五輪の日本女子選手として初めて2冠を達成し「競泳は個人で何種目も出られる競技なので、チャンスがあるのはありがたいなと思います。ただ、史上初という実感がないのでビックリしています」と神妙に語っていた。
歴史に名を刻んだ大橋の泳ぎについて、岩崎氏は「本人も話していましたが、400(メートル個人メドレー)で勝ったことですごく余裕があったと思う。あとは作戦を立てる上で、非常に平井(伯昌)先生もしっかりとアドバイスしたと思うし、作戦はすごく当たっていた」と振り返った。
競泳女子界の歴史に新たなページを刻んだ大橋。来年5月には世界選手権(福岡)を控えていることから「追いかけられる立場になったと思うが、そこでもう一度2冠を達成してもらうと、またさらに強さを見せられるんじゃないかな」とエールを送った。

7月30日に行われた東京五輪・競泳男子200メートル個人メドレー決勝に、瀬戸大也(TEAM DAIYA)と萩野公介(ブリヂストン)がそろって出場。日本勢による表彰台を期待されるも、瀬戸が1分56秒22で4位、萩野が1分57秒49の6位に終わり、メダル獲得には至らなかった。
試合後の両選手はプレッシャーから解放されたのか晴れやかな表情。萩野が「順位は悪かったけど、一番幸せな五輪だった」と語ったように、小学校の頃から互いを知るライバル同士で五輪の決勝を戦えた喜びを語った。
五輪の素晴らしさを感じさせるレースだった一方で、瀬戸、萩野ら日本のトップスイマーがメダルなしに終わった事実は見逃せない。3年後のパリ五輪での躍進を見据えるうえでも、日本競泳界全体の底上げが不可欠だ。今回は1992年バルセロナ五輪の金メダリストで、現在は競泳指導者・解説者の岩崎恭子さんに男子200メートル個人メドレー決勝のレース内容とともに、日本競泳界の強化ポイントを解説してもらった。

周囲から心無い言葉を浴びせられることもあり、金メダルを獲った事を後悔したこともあったという岩崎さん。番組では、そんな「金メダルの光と影」を追うとともに、一児の母として仕事と育児を両立させる彼女の「今」に密着。苦しかった日々を乗り越え、笑顔と自信の大切さに気付いた岩崎さんの「生きる原動力」と「一番の幸せ」に迫ります。

男子200メートル個人メドレーの決勝は、メダルまで本当に僅差でした。瀬戸選手と萩野選手が一番悔しい思いをしていると思いますが、100分の1秒が勝敗を分ける世界なのだということを改めて思い知らされたレースでしたね。この2人だからこそ最後までワクワクさせてくれましたし、いろんな苦労を背負いながらも東京五輪にたどり着いたことを思うと、「最後まであきらめない」ことの大切さを教えてもらったようにも感じます。メダルこそ獲得できませんでしたが、レース後の力を出し切った2人の笑顔に、胸を打たれた人も多いのではないでしょうか。
この種目では、リオデジャネイロ五輪で銅メダリストの汪順(中国)が金メダルを獲得しました。金メダル候補のマイケル・アンドルー(米国)が5位に終わり、意外な結果となりましたね。アンドルーは前半から仕掛けてくる選手ですが、一方で汪順や銀メダルを獲得したダンカン・スコット(英国)は後半の追い上げが強い選手です。彼らは瀬戸選手や萩野選手が万全の調子じゃないということも分かっていたうえで、作戦通りに展開できたように思います。「記録よりも金メダルを狙うレース」というのがしっかり出ていました。
瀬戸選手も萩野選手も泳ぎそのものは良かったです。瀬戸選手は最初のバタフライで力まずに入っていけていましたし、準決勝と同じように後半の勝負を仕掛けられていました。大きなプレッシャーのなかで気持ち的に沈む部分もあったと思いますが、よくここまで期間中に盛り返してきました。萩野選手も得意の背泳ぎで伸びてきたし、ターンのあとの動作もすごく上手だった。自分のコンディションを自覚しながらこの種目1本に絞ったというのは、相当な覚悟も必要だったはずです。そういう状況の中で、2人ともいま出せるものをすべて出し切った泳ぎを見せてくれました。
瀬戸選手がレース後のインタビューで「これからも競技人生は続く」と言っていたので、今後の活躍にも期待したいです。競泳のトップ選手がチーム対抗で争う「国際水泳リーグ」にも参加すると発言していますし、2022年の夏には福岡で世界選手権が行われるので、そこで活躍する姿も見たいですね。パリ五輪が行われる3年後は瀬戸選手も萩野選手も30歳になる年ですが、35歳で金メダルを獲ったアンソニー・アービン(米国)のような選手もいますので、まだまだ成長し続けられると思います。

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