2021最新 岩崎恭子 動画

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2021最新 岩崎恭子 動画

正解VTRが流れたが、テロップにも松田氏の回答通りに表示されており、同局の杉山真也アナウンサー(37)は「岩崎さん違いましたか?」と恐る恐る確認。岩崎氏が「『今まで生きてた中で』って言った。『生きてきた中で』って言ってない。みんな間違える」と訂正すると、スタジオは「すごい瞬間に立ち会いましたね」「歴史的」と驚愕した。

最初の種目(男子400メートル個人メドレー)で、瀬戸大也選手が決勝に残れないという予想もしていなかった事態が起きました。
レース展開をどう考えていたかは本人にしかわかりません。しかし、レース後のインタビューで語っていたように、予選で好記録を出したものの決勝では力を出し切れなかった前回のリオデジャネイロ大会のイメージがあったのでしょう。今回は、「予選で力をセーブして決勝に勝負を懸ける」という考えだったと思いますが、現実は勝負し切れず、その作戦ミスが命取りになりましたね。
本人いわく調子は悪くなかったようですし、実際にそういう印象を受けました。ただ、最後にペースを上げられなかったところを見ると絶好調ではなかった気はしますね。最後の自由形で追い上げられたときに、体が動けばそのまま逃げ切れる。だからやっぱり、「力を出し切れなかった」というのが正直なところだと思います。ラスト50メートルくらいまでは力をセーブしていたのが見ていてわかったので、「最終的に何がいけなかったのか」を本人も自問自答しているのではないでしょうか。
幸い、まだ2種目(200メートル個人メドレー、200メートルバタフライ)が残っています。過去に世界選手権でも似たような状況から優勝しているので、「切り替えができるタイプ」の選手です。起きてしまった結果は仕方がないですし、もう次を見据えるしかありません。私は彼のことを10代の頃から見てきましたが、「巻き返せる強さ」を持っている選手だと思っています。

1992年バルセロナ五輪200メートル平泳ぎ、競泳史上最年少14歳で金メダル獲得。名言として残るインタビューも相まって、一躍、時の人となった。引退後は児童の指導法を学ぶために米国へ留学し、水泳・着衣泳のレッスンやイベント出演を通して水泳の楽しさを伝える活動をしている。

ほぼ無名の時代を長く過ごした野村にとってアトランタ五輪は人生初の大舞台。男子60キロ級の初戦となった2回戦、わずか38秒で大外刈を繰り出し一本勝ちを収めてみせる。3回戦では前年の世界選手権を制覇しているニコライ・オジェギン(ロシア)との激戦を逆転勝ちで制し、4回戦は背負い投げ、準決勝は内股、そして背負い投げを決めて、金メダルを獲得した。初のオリンピックで表彰台の頂点に立った野村は、柔道小説『姿三四郎』にちなんで「平成の三四郎」という異名をとり、2000年のシドニー五輪と2004年のアテネ五輪でも優勝を果たしている。

1992年バルセロナ五輪競泳女子200メートル平泳ぎ金メダルの岩崎恭子氏(43)が、競泳女子の大橋悠依(25=イトマン東進)にさらなる期待を寄せた。
大橋は25日の400メートル個人メドレーで金メダルを獲得すると、28日の200メートル個人メドレーでも接戦を制した。夏季五輪の日本女子選手として初めて2冠を達成し「競泳は個人で何種目も出られる競技なので、チャンスがあるのはありがたいなと思います。ただ、史上初という実感がないのでビックリしています」と神妙に語っていた。
歴史に名を刻んだ大橋の泳ぎについて、岩崎氏は「本人も話していましたが、400(メートル個人メドレー)で勝ったことですごく余裕があったと思う。あとは作戦を立てる上で、非常に平井(伯昌)先生もしっかりとアドバイスしたと思うし、作戦はすごく当たっていた」と振り返った。
競泳女子界の歴史に新たなページを刻んだ大橋。来年5月には世界選手権(福岡)を控えていることから「追いかけられる立場になったと思うが、そこでもう一度2冠を達成してもらうと、またさらに強さを見せられるんじゃないかな」とエールを送った。

◆岩崎恭子(いわさき・きょうこ)1978年7月21日、静岡県沼津市出身。1992年の日本選手権で2位となり、同年のバルセロナ五輪200メートル平泳ぎで日本競泳史上最年少となる14歳で金メダルを獲得した。96年アトランタ五輪は200メートルで10位。日大に進学し、98年に現役を引退した。1992年度ホワイトベア・スポーツ賞受賞。現在はレッスンやイベントなどを通じて水泳の普及活動を行っている。

この日の番組では、岩崎氏や元競泳日本代表の松田丈志氏(37)ら五輪メダリストが集結し、東大王メンバーとクイズ対決。そのなかで出題されたのが、岩崎氏がバルセロナ五輪で金メダルを獲得し、直後のインタビューで発した名言だった。ここで回答ボタンを押した松田氏は「今まで生きてきた中で一番幸せです」と答えたが、岩崎氏は「違うの」と否定。しかし、正解のチャイムが鳴り、松田氏ら出演者は「本人が違うって言ったんですけど」と困惑した。

アトランタ五輪の柔道勢で4年前と同じく決勝で失望を味わったのが田村亮子だ。当時帝京大学に在籍する20歳は女子48キロ級で1回戦から準決勝まで順当勝ちを収め、バルセロナ五輪の決勝における敗戦以降の連勝記録を84に伸ばした。4年越しの金メダルが目前に迫った。

たった3枚の金メダルながら、1枚は世界中に強烈なインパクトを残すものだった。競泳の200メートル平泳ぎで世界の頂点に立った岩崎恭子は、大会直前に14歳になったばかり。2分26秒65という当時のオリンピック新記録をたたき出し、金メダルを獲得した。レース後、涙交じりに「今まで生きてきた中で、一番幸せです」と感想を漏らした少女の偉業はオリンピックの歴史にくっきりと刻まれている。14歳6日での金メダルは競泳における史上最年少記録となっている。

本人からの指摘を受け、杉山アナは「番組側で調べた資料では全て『生きてきた』となってましたが、ご本人から指摘があったので訂正させていただきます」とその場で問題を訂正。問題自体が誤っていたため、MCを務めるお笑いコンビ・南海キャンディーズの山里亮太(44)から「岩崎さん、そのアスリート精神ほんと素晴らしい。今の問題なかったことになります」と告げられると、岩崎氏は「それずるくないですか?」と大笑いしていた。

7月23日に開会式を終え、本格的に競技がスタートした東京五輪。24日には競泳が初日を迎え、各種目に多くの日本人選手が登場した。女子400メートルリレー予選では、白血病を克服して五輪の舞台に立った池江璃花子(ルネサンス)が第2泳者として出場。しかし、惜しくも全体の9位となり決勝進出を逃した。
大橋悠依(イトマン東進)が女子400メートル個人メドレー決勝に、武良竜也(ミキハウス)が男子100メートル平泳ぎ準決勝に進出を果たすなか、メダル獲得を期待されていた瀬戸大也(TEAMDAIYA)は得意の男子400メートル個人メドレーでまさかの予選敗退。幕開けから大波乱が起こった。
そんな初日を、1992年バルセロナ五輪の金メダリストで、現在は競泳の指導者・解説者として活動する岩崎恭子さんに振り返ってもらった。

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