2021最新 岩崎恭子 父

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アトランタ五輪の柔道勢で4年前と同じく決勝で失望を味わったのが田村亮子だ。当時帝京大学に在籍する20歳は女子48キロ級で1回戦から準決勝まで順当勝ちを収め、バルセロナ五輪の決勝における敗戦以降の連勝記録を84に伸ばした。4年越しの金メダルが目前に迫った。

「堅実で泥臭い柔道」
吉田秀彦(1992バルセロナ五輪・柔道男子78kg級金メダリスト)が、そう評した通り決して綺麗な勝ち方ではなかった。
「でもよくやった。リオ(・デ・ジャネイロ大会/2016年)での悔しさが活きた。『絶対に勝つ』との強い思いが伝わってきた」(吉田)。
同感だ。
オリンピックでの闘いの怖さを知っているからこそ、容易には技を仕掛けられない。それでも「絶対に負けない」粘り強い闘いをやってみせた。体力を消耗しても気持ちを切らすこともなかった。
内容重視ではなく、結果重視。その信念を貫き高藤は目標を達成した。だから胸を張って言ったのだ。
「これが僕の柔道です」と。

決勝には20人の予選を勝ち抜いた8人が進出。日本勢は出場3人全員が残った。

ひときわ大きな輝きを放ったのは男子60キロ級の野村だ。野村はその時、天理大学の4年生。祖父が柔道師範、父が名門、天理高校柔道部の元監督というサラブレッドながら、少年時代は体が小さいこともあり、期待どおりの活躍ができていたとは言えなかった。中学時代は奈良県大会でもベスト16あたりをさまよう状態で、ようやく全国の舞台にたどり着けたのは天理高3年次のことだった。奈良県を制し、インターハイ(全国高等学校総合体育大会)出場を決めた。

「やるからには父を超えたい。71歳であそこまで現役でやっているのはすごい」と松谷。偉大な父を追い越す姿を描きながら演技の世界へ羽ばたいていく。

ほぼ無名の時代を長く過ごした野村にとってアトランタ五輪は人生初の大舞台。男子60キロ級の初戦となった2回戦、わずか38秒で大外刈を繰り出し一本勝ちを収めてみせる。3回戦では前年の世界選手権を制覇しているニコライ・オジェギン(ロシア)との激戦を逆転勝ちで制し、4回戦は背負い投げ、準決勝は内股、そして背負い投げを決めて、金メダルを獲得した。初のオリンピックで表彰台の頂点に立った野村は、柔道小説『姿三四郎』にちなんで「平成の三四郎」という異名をとり、2000年のシドニー五輪と2004年のアテネ五輪でも優勝を果たしている。

「日本人第1号金メダリスト」に2度なっているのは田村(谷)だけではない。
遡ると、ひとりのレジェンド・アスリートの名が刻まれている。重量挙げの三宅義信だ。
今大会にも出場した三宅宏美(重量挙げ・女子49kg級)の伯父で1960年代に活躍。64年東京大会、68年メキシコシティ大会を連覇、いずれも「日本人第1号金メダリスト」となっている。研究熱心さで知られ、日本にウェイトリフティングの技術を導入した三宅は、81歳になったいまも指導者として活躍中だ。

父への「劣等感」をバネに、昨年はFOD「いとしのニーナ」に出演、ハウス食品グループ企業のCMにもオーディションを経て起用された。さらに「ブレイブ」で映画初挑戦。戦国時代にタイムスリップした野球部員・緒方努を演じた。自身も高校まで野球一筋だったが、敵に大量のボールを投げつけるアクションシーンに苦戦し「普通、野球で四方八方、短いスパンでボールを投げることがない。過呼吸みたいになりました」。本広監督から「さらけ出せ」と発破をかけられ「監督は終了後に『一皮はむけたかな』と」。充実感がにじみ出た。

岩崎の所属事務所によると、A氏も現在は離婚しているという。 岩崎は、新たな愛へ突き進んでいるようである。

表彰台に上がった3人の平均年齢は14歳191日で、五輪史上最年少となった。最も若い金メダリストは、1936年ベルリン大会の飛板飛込のマージョリー・ゲストリング(13歳267日)で、西矢より63日先んじている。レアウが優勝していれば、13歳203日で最年少記録の更新だった。

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西矢の13歳でのメダル獲得は、日本の最年少記録。これまでは、1992年バルセロナ五輪の競泳女子200メートル平泳ぎで金メダルを取った、岩崎恭子の14歳が最年少だった。

7月26日、13歳という日本史上最年少でオリンピックの金メダルを獲得した、スケートボード女子ストリートの西矢椛選手。これは、1992年のバルセロナオリンピックで金メダルを受賞した水泳・岩崎恭子(当時14歳)の年齢を上回る快挙。前日には、男子の堀米雄斗が金メダルを獲得するなど、同競技はゴールドメダルラッシュとなった。これにタレントの稲垣吾郎が同日に出演したラジオ番組で、祝福コメントを寄せた。

異例の無観客で始まった『TOKYO2020』。開催については賛否両論があろう。オリンピックの在り方についても考えさせられる。そんな中、複雑な想いを抱きながらも選手たちは必至で闘おうとしている。ならばテレビの前で応援しようではないか。
そして、過去の大会を思い起こすことでオリンピックを観るの楽しみは、さらに膨れ上がる。

2人がマンションの中に消えた20分後、タクシーで帰るA氏は、カジュアルな服装からスーツに着替えていた。

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