2021最新 松山英樹 大学

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中学時代からゴルフ部で一緒だったという松山と芽緯さん。マスターズ優勝に至るまでには、松山を支え続けた妻の一途な“15年愛”があった――。

それは、当時の日本ゴルフ界を席巻していた国民的スター、石川遼との対比でもあったのだと思う。明るい笑顔を輝かせながら饒舌に語る派手でアクティブな石川が「動」なら、黙々とプレーする松山は「静」であり、その場の空気を読んで上手に対応する石川が「器用」なら、細かいことに惑わされることなくデンと構える、いい意味での「鈍感」であり、その「鈍感力」こそが松山の持ち味だと評されていた。

そう語るのは、東北福祉大学ゴルフ部の阿部靖彦監督。松山英樹(29)と妻・芽緯さん(27)を大学時代に指導してきた恩師だ。

オーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブで初めて臨んだ会見では、欧米メディアからの質問の大半が前月に起こったばかりの東日本大震災に関する事柄に集中した。被災地となった「第二の故郷」仙台や東北エリアへの複雑な思いを胸に抱いていた松山は、会見場の重苦しい空気を肌で感じ取り、険しい表情で壇上に座っていた。

4月11日、松山は日本人初のマスターズ優勝という快挙を成し遂げた。2人をよく知る阿部監督は「芽緯がいたからこそ、英樹は優勝できたのだと思います」と語る。

愛媛県松山市で生まれ育った松山。実父の影響でゴルフを始めたのは、4歳のとき。父の熱心な指導もあって実力をつけ、中学2年生のときには名門・明徳義塾中学校へと編入。その後に入学してきたのが、現在の妻・芽緯さんだった。

松山英樹が日本人初の偉業を成し遂げた。2011年の初出場から10回目の挑戦で、ついにマスターズを制覇したのである。特集『ゴルフ大全 ビジネス×人脈×カネ』(全12回)の#2では、頂点に立つまでの10年、その知られざる格闘の日々を、松山をよく知るゴルフジャーナリストの舩越園子氏がつづる。栄冠の陰には2度の悔し涙があった。

しかし、2011年4月のマスターズで私が初めて目にした松山には、むしろ豊かな感受性が感じられた。喜怒哀楽にも富むエモーショナルな大学生だと私には思えた。

ふなこし・そのこ/東京都出身。東京学芸大学附属高等学校を経て早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年にフリーライターとして独立。93年渡米。以来米国に常駐し、在米ゴルフジャーナリストとして活動。米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材と独特の表現力で、マスメディアの記者たちとは一線を画すユニークなアングルから米国ゴルフの本質をとらえ続けてきた。誰よりも豊富な生の情報をもち、米ツアー選手たちからの信頼も厚い。人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法が魅力。近年は新聞、雑誌、インターネット等への執筆に加え、講演やテレビ、ラジオにも活動の範囲を広げている。著書訳書多数。近著は、朝日新聞・夕刊で10年に渡って連載中のコラム「素顔のプロたち」をまとめ、昨年11月に刊行した「王者たちの素顔」(実業之日本社)。

英樹が東北福祉大学に進学した後、芽緯が高校3年生になったときのことです。秋の進路相談で彼女に『東北福祉大学に行くのか?』と聞いたんです。そうしたら、芽緯は迷うことなく『はい!』と答えてね。2人の間では、とっくに将来の約束をしていたようです」

夢にまで見たマスターズでこれから4日間、戦うのだという現実を五感で味わっていた松山からは、その喜びが溢れ出ていた。

どんな言葉で、どう答えたらいいのか。全てが初めての経験故に、対処の仕方が分からないという様子の松山は、困惑の色を露骨に表情で示していた。

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