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2021最新 岩崎恭子 youtube

2021最新 岩崎恭子 youtube

スケボーってキッズが競うもんなん?岩崎恭子さんはメジャーなスポーツで、競技人口も多い水泳で金メダルとオリンピックレコードと日本記録更新と最年少やったんやぞ。 しかもメッチャ無名で…凄さのレベルが違い過ぎる。

1992年バルセロナ五輪競泳女子200メートル平泳ぎを14歳6日で制した岩崎恭子さんが26日、インスタグラムを更新。東京五輪スケートボード・ストリート女子で金メダルを獲得し、自身の最年少記録を更新した西矢椛(ムラサキスポーツ)を祝福した。

自由主義国圏で10代前半の選手がメダルを獲得できるということは、それだけ日本が恵まれている環境であるという意味を含むと思います。 バルセロナ1992五輪で水泳で岩崎恭子選手が金メダルを獲得して以来、日本はその環境を維持できているということかと思います。 いろんなことを含めて感謝です。

西矢の13歳でのメダル獲得は、日本の最年少記録。これまでは、1992年バルセロナ五輪の競泳女子200メートル平泳ぎで金メダルを取った、岩崎恭子の14歳が最年少だった。

1992年バルセロナ五輪200メートル平泳ぎ、競泳史上最年少14歳で金メダル獲得。名言として残るインタビューも相まって、一躍、時の人となった。引退後は児童の指導法を学ぶために米国へ留学し、水泳・着衣泳のレッスンやイベント出演を通して水泳の楽しさを伝える活動をしている。

みんな間違えてた!? 岩崎恭子の歴史的名言、本当は…?

岩崎さんは「金メダル獲得おめでとうございます。13歳での獲得!本当にすごい!巻き返し!そして堂々たる姿!とてもカッコよかったです!」と感無量の様子で振り返った。続けて「10代の若い選手たちが世界でどんどん活躍していく姿には感銘を受けてます。日本のスポーツ界にとっても競技力が上がっていく原動力になると思います。元アスリートとして嬉しい限りです。日本選手団のこれからの活躍も楽しみにしています!」とコメント。ますますの日本勢のメダル獲得を願った。

7月23日に開会式を終え、本格的に競技がスタートした東京五輪。24日には競泳が初日を迎え、各種目に多くの日本人選手が登場した。女子400メートルリレー予選では、白血病を克服して五輪の舞台に立った池江璃花子(ルネサンス)が第2泳者として出場。しかし、惜しくも全体の9位となり決勝進出を逃した。
大橋悠依(イトマン東進)が女子400メートル個人メドレー決勝に、武良竜也(ミキハウス)が男子100メートル平泳ぎ準決勝に進出を果たすなか、メダル獲得を期待されていた瀬戸大也(TEAMDAIYA)は得意の男子400メートル個人メドレーでまさかの予選敗退。幕開けから大波乱が起こった。
そんな初日を、1992年バルセロナ五輪の金メダリストで、現在は競泳の指導者・解説者として活動する岩崎恭子さんに振り返ってもらった。

表彰台に上がった3人の平均年齢は14歳191日で、五輪史上最年少となった。最も若い金メダリストは、1936年ベルリン大会の飛板飛込のマージョリー・ゲストリング(13歳267日)で、西矢より63日先んじている。レアウが優勝していれば、13歳203日で最年少記録の更新だった。

決勝には20人の予選を勝ち抜いた8人が進出。日本勢は出場3人全員が残った。

最初の種目(男子400メートル個人メドレー)で、瀬戸大也選手が決勝に残れないという予想もしていなかった事態が起きました。
レース展開をどう考えていたかは本人にしかわかりません。しかし、レース後のインタビューで語っていたように、予選で好記録を出したものの決勝では力を出し切れなかった前回のリオデジャネイロ大会のイメージがあったのでしょう。今回は、「予選で力をセーブして決勝に勝負を懸ける」という考えだったと思いますが、現実は勝負し切れず、その作戦ミスが命取りになりましたね。
本人いわく調子は悪くなかったようですし、実際にそういう印象を受けました。ただ、最後にペースを上げられなかったところを見ると絶好調ではなかった気はしますね。最後の自由形で追い上げられたときに、体が動けばそのまま逃げ切れる。だからやっぱり、「力を出し切れなかった」というのが正直なところだと思います。ラスト50メートルくらいまでは力をセーブしていたのが見ていてわかったので、「最終的に何がいけなかったのか」を本人も自問自答しているのではないでしょうか。
幸い、まだ2種目(200メートル個人メドレー、200メートルバタフライ)が残っています。過去に世界選手権でも似たような状況から優勝しているので、「切り替えができるタイプ」の選手です。起きてしまった結果は仕方がないですし、もう次を見据えるしかありません。私は彼のことを10代の頃から見てきましたが、「巻き返せる強さ」を持っている選手だと思っています。

2021最新 岩崎恭子 優勝

2021最新 岩崎恭子 優勝

それは金メダルの残像か? はたまた興奮の後遺症か? 14歳の少女は、世界一という偉業に振り回される。それでも岩崎さんは言った。

女子ストリートで13歳の西矢椛(もみじ、ムラサキスポーツ)が15・26点で金メダルを獲得。前日の男子ストリートで優勝した堀米雄斗(22=XFLAG)と新競技でアベックVを飾った。13歳330日での金メダル獲得は、92年バルセロナ大会競泳女子200メートル平泳ぎを制した岩崎恭子の14歳6日を抜いて日本史上最年少記録。シンデレラガールが、一気に世界の頂点まで駆け上がった。16歳の中山楓奈(ムラサキスポーツ)も銅メダルを獲得と10代の日本ガールズスケーターが大躍進した。

従来の記録保持者だった競泳の岩崎恭子さんが14歳で金メダルを獲得し「今まで生きてきた中で一番幸せです」と話したことになぞらえ、西矢は「まだ一番かは分からないけど、今のところは一番良い思い出です」と話した。

東京2020オリンピックから新競技となったスケートボートでは、前日の男子(堀米雄斗)に続き、女子ストリートでも日本勢が初代女王に輝いた。戴冠を果たしたのは13歳の西矢椛。2位で予選を突破した西矢は、決勝のトリックの3、4本目で高得点を上げ、合計15.26点をマークした。13歳330日での金メダル獲得は、バルセロナ1992大会の競泳女子200m平泳ぎで優勝した岩崎恭子さんの14歳6日を更新する、日本人史上最年少記録となった。また同種目では、16歳の中山楓奈も銅メダルを獲得した。

強烈なアピールだった。2020年東京五輪で金メダルを狙う野球日本代表の4番候補にオリックス・バファローズの吉田正尚(まさたか)選手(外野手)が名…

柔道では、男子73kg級の大野将平がリオデジャネイロ2016大会に続く連覇を果たした。大野は初戦となった2回戦から準々決勝まで一本勝ちを収めると、準決勝と決勝は延長戦で共に技ありを奪い、優勢勝ちで2大会連続頂点に立った。また女子57kg級の芳田司は3位決定戦を制し、銅メダルを獲得している。

「とにかく優勝したレースは気持ち良かったんです。でも、思い出す気持ち良さには、金メダルを取った喜びが後から加わっていたような気がする。増幅されたイメージを追いかけてしまった。それはもう体験することのできない快感だったはず。それを取り戻そうとしたことで、自分らしく自然に泳ぐことができなくなっていたと思うんです」

東京五輪開催が決まった13年、まだスケートボードを始めて間もなかった6歳の少女が、8年の時を経て頂点に立った。最終滑走の中山のスコアを見て自身の優勝を確信した西矢は、目を赤くした。「うれしすぎたから、涙がこみ上げてきました。最新記録だと思うんです、金メダル。だから、それがうれしい」。最年少の言い間違えも愛らしい、あどけない初代女王の誕生だった。
五輪予選大会最終戦の6月の世界選手権で2位に入り、日本勢5番手から逆転で手に入れた3枠の出場権。「普段の大会とそんなに変わらなかった」という恐れを知らない若さが西矢の強さだった。ベストトリックは2回までを失敗。優勝を狙うには後がない中でも笑顔を絶やさず3、4回目に高難度技を決めて盛り返し、一気にトップに立った。
最終試技で2位につけていた13歳のブラジル選手が失敗して西矢と中山の一騎打ちとなると、“どっちかが1番”とジェスチャーを送り合った。「(中山に)乗って(成功して)ほしいけど乗ってほしくない気持ち」。最終5回目を成功させて両手を突き上げた後、祈るように見つめた仲間の滑りの先に歓喜の瞬間が待っていた。
家族でやっていたスノーボードのオフ期間の練習として、6歳からスケートボードを始めた。母・智実さん(39)は「特別うまくもなかったし、本当に楽しそうに滑っているだけだった」と振り返る。趣味程度の経験がある父・翔さん(39)に教わり、技はSNSのトッププロの動画からアイデアを得た。「技はもちろんできない」(智実さん)という父は動画をひたすら研究することで「頭が下がっているよ」「体が突っ込みすぎている」と的確なアドバイスを送った。新しいパークができれば、地元の大阪から遠くは福井県まで車で滑りに行き、腕を磨いた。
「オリンピックは見たこともないし、興味もなかった」。そう語っていた少女の心は、五輪予選大会に出場し始めた19年に変化を見せる。日本代表の早川大輔コーチ(47)の「練習から試合のように滑りなさい」という言葉を実直に守り、試合で抜群の安定感を見せるようになった。延期となった1年で身長が3センチ伸び、精神面だけでなく技術も急成長した。つらかったことを問われると「お母さんに怒られること」と答えていた年相応の素顔を持つ13歳は、誰も想像しなかった境地にまでたどり着いた。
「木に花が咲くように力強く生きてほしい」という名前の由来の通りに育った。24年のパリ五輪もまだ16歳。「パリでも優勝したいし、世界で知らない人がいないぐらい有名になりたい」。この日、どんな時も絶やさなかったトレードマークの笑顔でそう宣言した。
【西矢 椛(にしや・もみじ)】
☆生まれとサイズ 2007年(平19)8月30日生まれ、大阪府松原市出身の13歳。松原西小卒、松原中2年。1メートル55、45キロ。
☆競技歴と実績 スノーボードの練習として兄・颯さんに続き、父・翔さんの指導で6歳から始める。19年に世界最高峰大会、Xゲームで2位。今年6月の世界選手権2位。
☆得意技 板を360度回してレールに乗る「ビッグスピンボード」の応用技で「フラットレールで遊んでいて適当にやっていたらできた」。決勝4回目はレールを滑り降りる「ビッグスピン・フロントサイド・ボードスライド」で4・66点を出した。
☆ご褒美 試合後のご褒美がやりがい。世界選手権2位でゲームの「ニンテンドースイッチ」を買ってもらい、兄とのマリオカートが息抜き。五輪後は「焼き肉」を約束している。
≪世界最年少金メダルは13歳268日≫スケートボード女子ストリートで13歳330日の西矢椛が金メダルを獲得した。92年バルセロナ大会競泳女子200メートル平泳ぎの岩崎恭子が持つ14歳6日の日本最年少メダル、同金メダル記録をともに41日更新。日本最初の21世紀生まれのメダリストにもなった。世界の最年少メダリストは1896年アテネ大会の体操男子平行棒団体の銅のディミトリオス・ロウンドラス(ギリシャ)で、10歳7カ月とされる。最年少金メダルは36年ベルリン大会女子板飛び込みのマージョリー・ゲストリング(米国)の13歳268日で、西矢はわずかに届かなかった。8月4日の同競技女子パークには、12歳の開心那が出場する。
▽ストリート 街中にある手すりや階段などを設置したコースで技を競う。トリックと呼ばれるジャンプや回転などの技を披露し、その難易度やスピード、独創性を審査員5人が採点。最高点と最低点はカットされ、3人の平均点が得点となる。45秒間コースを自由に使いトリックを決める「ラン」を2本、選定した障害物で一つの技で競う「ベストトリック」5本の計7本を滑り、高得点4本の合計が持ち点となる。予選は男女各20人で争われ、上位8人が決勝へ。決勝で再び7本の試技を行い順位が決まる。

【競泳】岩崎恭子氏が2冠・大橋悠依にエール「世界選手権でもう一度2冠を」

【競泳】主将・入江陵介 今大会ラストレース 岩崎恭子氏「1日休んでしっかり上げてくると思う」

東京五輪のスケートボード女子ストリートで日本史上最年少の13歳で金メダルを獲得した西矢椛と16歳で銅メダルの中山楓奈(ともにムラサキスポーツ)が27日、一夜明けて東京都内のホテルで記者会見し、西矢は「やっぱり優勝できてうれしかった。家族や周りの人が『大丈夫だ』と支えてくれたから1位になれた」と目を細めた。

2021最新 岩崎恭子 幼少期

2021最新 岩崎恭子 幼少期

モデルでタレントの森星(ひかり)が29日、自身のインスタグラムを更新し、最新ショットを公開した。
森は「water baby @bulgari」とコメント。青空と海を背景に、ブルーのビキニを着てプールを楽しむ様子をアップした。
この投稿には1992年バルセロナ五輪競泳女子200メートル平泳ぎ金メダルの岩崎恭子さんが「いいね!」を押すなど、投稿から3時間で約5万の「いいね!」が殺到。ネット上でも「脚長すぎ」「股下どないなっとんねん」「美しすぎる」「なんちゅう体」など、抜群のスタイルに驚きの声が上がっている。

「東京開催が決まった2013年から、多くの方々がオリンピックに接することがあったと思います。なかには今まで取り上げられなかった問題も、地元開催のオリンピックだからこそ、スポーツで起こっていることを自分事として捉え、考えるきっかけになったんじゃないかと思っています。

◇東京五輪第4日 スケートボード女子ストリート(2021年7月26日 有明アーバンスポーツパーク )
92年バルセロナ大会で競泳200メートル平泳ぎを14歳で制した岩崎恭子さん(43)が新たな日本の最年少金メダリストの誕生を喜んだ。26日夕方に自身のインスタグラムを更新し、自身の記録を抜く西矢の快挙を「金メダル獲得おめでとうございます。13歳での獲得!本当にすごい!」と祝福。07年に生まれた少女の偉業達成に「本当にすごい!巻き返し!そして堂々たる姿!とてもカッコよかったです!」と大絶賛した。
▽岩崎金メダルVTR 92年4月の全日本選手権で姉を下して100メートル、200メートルの平泳ぎでバルセロナ五輪代表入り。本番は200メートル予選で全体2位で決勝進出。決勝は世界記録保持者のアニタ・ノール(米国)をゴール寸前で逆転し、2分26秒65の五輪記録で優勝した。14歳と6日は当時日本史上最年少の五輪メダリスト。「今まで生きてた中で、一番幸せです!」というコメントはスポーツ史に残る“名セリフ”となった。

2021最新 岩崎恭子 若い

2021最新 岩崎恭子 若い

◇東京五輪第4日 スケートボード女子ストリート(2021年7月26日 有明アーバンスポーツパーク )
女子ストリートで13歳の西矢椛(もみじ、ムラサキスポーツ)が15・26点で金メダルを獲得。前日の男子ストリートで優勝した堀米雄斗(22=XFLAG)と新競技でアベックVを飾った。13歳330日での金メダル獲得は、92年バルセロナ大会競泳女子200メートル平泳ぎを制した岩崎恭子の14歳6日を抜いて日本史上最年少記録。シンデレラガールが、一気に世界の頂点まで駆け上がった。16歳の中山楓奈(ムラサキスポーツ)も銅メダルを獲得と10代の日本ガールズスケーターが大躍進した。
東京五輪開催が決まった13年、まだスケートボードを始めて間もなかった6歳の少女が、8年の時を経て頂点に立った。最終滑走の中山のスコアを見て自身の優勝を確信した西矢は、目を赤くした。「うれしすぎたから、涙がこみ上げてきました。最新記録だと思うんです、金メダル。だから、それがうれしい」。最年少の言い間違えも愛らしい、あどけない初代女王の誕生だった。
五輪予選大会最終戦の6月の世界選手権で2位に入り、日本勢5番手から逆転で手に入れた3枠の出場権。「普段の大会とそんなに変わらなかった」という恐れを知らない若さが西矢の強さだった。ベストトリックは2回までを失敗。優勝を狙うには後がない中でも笑顔を絶やさず3、4回目に高難度技を決めて盛り返し、一気にトップに立った。
最終試技で2位につけていた13歳のブラジル選手が失敗して西矢と中山の一騎打ちとなると、“どっちかが1番”とジェスチャーを送り合った。「(中山に)乗って(成功して)ほしいけど乗ってほしくない気持ち」。最終5回目を成功させて両手を突き上げた後、祈るように見つめた仲間の滑りの先に歓喜の瞬間が待っていた。
家族でやっていたスノーボードのオフ期間の練習として、6歳からスケートボードを始めた。母・智実さん(39)は「特別うまくもなかったし、本当に楽しそうに滑っているだけだった」と振り返る。趣味程度の経験がある父・翔さん(39)に教わり、技はSNSのトッププロの動画からアイデアを得た。「技はもちろんできない」(智実さん)という父は動画をひたすら研究することで「頭が下がっているよ」「体が突っ込みすぎている」と的確なアドバイスを送った。新しいパークができれば、地元の大阪から遠くは福井県まで車で滑りに行き、腕を磨いた。
「オリンピックは見たこともないし、興味もなかった」。そう語っていた少女の心は、五輪予選大会に出場し始めた19年に変化を見せる。日本代表の早川大輔コーチ(47)の「練習から試合のように滑りなさい」という言葉を実直に守り、試合で抜群の安定感を見せるようになった。延期となった1年で身長が3センチ伸び、精神面だけでなく技術も急成長した。つらかったことを問われると「お母さんに怒られること」と答えていた年相応の素顔を持つ13歳は、誰も想像しなかった境地にまでたどり着いた。
「木に花が咲くように力強く生きてほしい」という名前の由来の通りに育った。24年のパリ五輪もまだ16歳。「パリでも優勝したいし、世界で知らない人がいないぐらい有名になりたい」。この日、どんな時も絶やさなかったトレードマークの笑顔でそう宣言した。
【西矢 椛(にしや・もみじ)】
☆生まれとサイズ 2007年(平19)8月30日生まれ、大阪府松原市出身の13歳。松原西小卒、松原中2年。1メートル55、45キロ。
☆競技歴と実績 スノーボードの練習として兄・颯さんに続き、父・翔さんの指導で6歳から始める。19年に世界最高峰大会、Xゲームで2位。今年6月の世界選手権2位。
☆得意技 板を360度回してレールに乗る「ビッグスピンボード」の応用技で「フラットレールで遊んでいて適当にやっていたらできた」。決勝4回目はレールを滑り降りる「ビッグスピン・フロントサイド・ボードスライド」で4・66点を出した。
☆ご褒美 試合後のご褒美がやりがい。世界選手権2位でゲームの「ニンテンドースイッチ」を買ってもらい、兄とのマリオカートが息抜き。五輪後は「焼き肉」を約束している。
≪世界最年少金メダルは13歳268日≫スケートボード女子ストリートで13歳330日の西矢椛が金メダルを獲得した。92年バルセロナ大会競泳女子200メートル平泳ぎの岩崎恭子が持つ14歳6日の日本最年少メダル、同金メダル記録をともに41日更新。日本最初の21世紀生まれのメダリストにもなった。世界の最年少メダリストは1896年アテネ大会の体操男子平行棒団体の銅のディミトリオス・ロウンドラス(ギリシャ)で、10歳7カ月とされる。最年少金メダルは36年ベルリン大会女子板飛び込みのマージョリー・ゲストリング(米国)の13歳268日で、西矢はわずかに届かなかった。8月4日の同競技女子パークには、12歳の開心那が出場する。
▽ストリート 街中にある手すりや階段などを設置したコースで技を競う。トリックと呼ばれるジャンプや回転などの技を披露し、その難易度やスピード、独創性を審査員5人が採点。最高点と最低点はカットされ、3人の平均点が得点となる。45秒間コースを自由に使いトリックを決める「ラン」を2本、選定した障害物で一つの技で競う「ベストトリック」5本の計7本を滑り、高得点4本の合計が持ち点となる。予選は男女各20人で争われ、上位8人が決勝へ。決勝で再び7本の試技を行い順位が決まる。

アトランタ五輪に出場した岩崎恭子さんは、200m平泳ぎを10位で終えて、2大会連続メダルには程遠い結果に終わりました。

選考会の結果については、敢えて何も言わないことが精いっぱいできることだと考えた岩崎恭子さん。

2021最新 岩崎恭子 若い頃

2021最新 岩崎恭子 若い頃

そして5日、岩崎さんは自身のブログで不倫報道を認め、離婚を発表した。「2018年11月3日をもって、齊藤祐也さんとの婚姻関係を解消させて頂くことになりました。以前より両者合意の下、別居生活をしておりましたが(中略)お互いの気持ちを確認して出した結論です。メディアを通じて人に伝えるという活動をしている人間として決して許されるべきことではなく、大きな過ちを犯してしまいました。離婚協議中であったとはいえ、一人の見識のある大人として、一児の母として、大変軽率で恥ずべき行動を取ってしまったこと(中略)ひとえに私の弱さと甘さが原因だったと思っています。」(岩崎恭子さんのブログより)こうした中、夫だった齊藤さんは週刊誌の取材に対して、岩崎さんに親しい男性がいることは知らなかったと言いつつ、別居しているため、仕方がないと話したという。一方、不倫を認めた岩崎さんは今後について、自身のブログで「お相手の男性とはお付き合いを解消させて頂きました。私自身、二度とこのような過ちがないよう自らの責任を果たしていく所存です。」とコメントした。

1992年のバルセロナ五輪で金メダルに輝いた岩崎恭子(40)さんが、5日に自身の不倫を認め、離婚を発表した。6日発売の週刊誌「FLASH」が、7歳になる娘の母でもある岩崎さんの不倫を報じ、そこには、手をつなぎながら公園を歩く1組のカップルの姿が撮られていた。

2021最新 岩崎恭子 東大王

2021最新 岩崎恭子 東大王

プロ野球の日本一を決める日本シリーズは22日、京セラドーム大阪で行われた第2戦でソフトバンクが巨人に13-2で大勝し、2連勝を飾った。ソフトバンクは2018年の第3戦から…

そして5日、岩崎さんは自身のブログで不倫報道を認め、離婚を発表した。「2018年11月3日をもって、齊藤祐也さんとの婚姻関係を解消させて頂くことになりました。以前より両者合意の下、別居生活をしておりましたが(中略)お互いの気持ちを確認して出した結論です。メディアを通じて人に伝えるという活動をしている人間として決して許されるべきことではなく、大きな過ちを犯してしまいました。離婚協議中であったとはいえ、一人の見識のある大人として、一児の母として、大変軽率で恥ずべき行動を取ってしまったこと(中略)ひとえに私の弱さと甘さが原因だったと思っています。」(岩崎恭子さんのブログより)こうした中、夫だった齊藤さんは週刊誌の取材に対して、岩崎さんに親しい男性がいることは知らなかったと言いつつ、別居しているため、仕方がないと話したという。一方、不倫を認めた岩崎さんは今後について、自身のブログで「お相手の男性とはお付き合いを解消させて頂きました。私自身、二度とこのような過ちがないよう自らの責任を果たしていく所存です。」とコメントした。

さらに、岩崎がバルセロナオリンピックで金メダルを獲った際に口にした名言に、歴史が変わる衝撃の事実が発覚!

TBS系『東大王SP』が、きょう7日午後7時から放送される。「五輪直前!豪華メダリスト集結 史上初!知識王VSアスリート王大激闘SP」と題した2時間スペシャルに、同局東京五輪の解説を務める松田丈志が率いる「オリンピアンチーム」が登場する。【番組カット】東大王チームは“体力勝負”で苦戦? 「オリンピアンチーム」には、松田のほか、潮田玲子、竹下佳江、青木愛、新井貴浩、岩崎恭子、狩野舞子、髙平慎士、徳永悠平、浜口京子、同局の東京オリンピック総合司会の安住紳一郎アナ、山形純菜アナが参加。 対する東大王チームは1軍2軍関係なくフルメンバーが代わる代わる参戦。オリンピアンチームと熱いバトルを繰り広げる。 今回、過去のオリンピック名場面からクイズを出題し、全4ステージで対決。早押しクイズでは運動神経抜群のオリンピアンチームが解答権を得るが、まさかの答えが分からない展開に。一方でクイズの答えは分かる東大王チームは、苦手なスポーツで解答権を得られるのか!? 両者接戦のデッドヒートな展開に注目が集まる。

松田は「本人が違うって…」と戸惑いを見せ、VTRを再現したところ、「今まで生きてきた中で、一番幸せです」とテロップが流れ、実況の杉山真也アナも「岩崎さん違いましたか?」といぶかしげな面持ち。

逆に、クイズの答えが分かる東大王チームだが、苦手なスポーツで解答権を得ることができるのか…。頭脳の王者 vs スポーツの王者が繰り広げるデッドヒートは見逃せない。

加えて、青木愛、新井貴浩、岩崎恭子、狩野舞子、髙平慎士、徳永悠平、浜口京子ら豪華アスリートが大集結。

『東大王SP』に五輪メダリストたちが参戦。体力勝負のステージでは神ワザを見せるも、解答に苦戦。果たして東大王に勝利することができるのか。

【岩崎恭子が新規事業開始】RASCAL’sとスポーツビズがアスリート支援協同プロジェクト始動!!

『東大王SP』は7日よる7時から2時間スペシャルで放送。

「この問題が違うの?」と改めて尋ねた司会の山里亮太に、岩崎は「そうなの、みんな間違えるんです」と苦笑。驚きの事実誤認に山里が「凄い瞬間に立ち会いましたね」と驚くと、同じく司会のヒロミも「今までいろんなところで間違えてるよね」と指摘した。

岩崎恭子さん 瀬戸大也まさかの予選落ちに「動揺した」 ネットの厳しい声「本人も分かってたと思う」

今回、東大王を破るべく集結した“オリンピアンチーム”には、TBSの五輪番組で解説を務める元競泳日本代表の松田丈志を大将に、同じく解説の元バドミントン日本代表の潮田玲子と元バレーボール日本代表の竹下佳江、総合司会の安住紳一郎アナウンサーが参戦。

すると岩崎は、「『今まで生きてた中で』って言った。『生きてきた中で』って言ってないの」と説明。「き」が入ってなかったという岩崎の主張にスタジオは騒然とした空気に包まれてしまった。

社会人アメリカンフットボールのX1エリア西日本トーナメントの1回戦2試合が1日、神戸市王子スタジアムで行われ、みらいふ福岡が34-20でアズワンを破って決勝進出を果たした…

2021最新 岩崎恭子 タイム

2021最新 岩崎恭子 タイム

結果は、まず4日の100メートルバタフライで優勝。そのタイムは400メートルメドレーリレーの派遣標準記録を突破して、リレーメンバーでのオリンピック代表に内定しました。8日の100メートル自由形も優勝し、400メートルフリーリレーの代表にも内定。大会最終日には、50メートル自由形と、50メートルバタフライでも優勝し、大会4冠を達成しました。

金メダルという途轍もない光がもたらした色濃い影を知る岩崎。若い彼女は、オリンピックという舞台に、その壮大さと残酷さを教えられた。

ゲストはシドニーオリンピック競泳400mメドレーリレー銅メダル田中雅美さんとバルセロナオリンピック競泳200m平泳ぎ金メダル岩崎恭子さん。プロとの対決で勝利なるか!

それにしても、そのときの100メートルバタフライの記録が、59秒44。日本選手権での優勝タイムが57秒77なので、わずか1カ月あまりで、1秒67もタイムを縮めたことになります。これは競泳選手からしたら、驚くような数字です。

岩崎さんはバルセロナ大会競泳女子200メートル平泳ぎで14歳6日で金メダルを獲得。五輪メダリストとしての日本史上最年少記録を保持していたが、この日、西矢が13歳10カ月で金メダル獲得し、その記録を更新した。

1992年バルセロナ五輪競泳女子200メートル平泳ぎ金メダルの岩崎恭子氏(43)が、競泳女子の大橋悠依(25=イトマン東進)にさらなる期待を寄せた。
大橋は25日の400メートル個人メドレーで金メダルを獲得すると、28日の200メートル個人メドレーでも接戦を制した。夏季五輪の日本女子選手として初めて2冠を達成し「競泳は個人で何種目も出られる競技なので、チャンスがあるのはありがたいなと思います。ただ、史上初という実感がないのでビックリしています」と神妙に語っていた。
歴史に名を刻んだ大橋の泳ぎについて、岩崎氏は「本人も話していましたが、400(メートル個人メドレー)で勝ったことですごく余裕があったと思う。あとは作戦を立てる上で、非常に平井(伯昌)先生もしっかりとアドバイスしたと思うし、作戦はすごく当たっていた」と振り返った。
競泳女子界の歴史に新たなページを刻んだ大橋。来年5月には世界選手権(福岡)を控えていることから「追いかけられる立場になったと思うが、そこでもう一度2冠を達成してもらうと、またさらに強さを見せられるんじゃないかな」とエールを送った。

2019年2月に白血病を公表して闘病生活に入って以降、体重は最大で15キロ減って、退院後の筋力トレーニングでは、腕立て伏せを1回するのがやっとだった、と聞いています。それを考えると、まさに信じられないような復活劇です。

現実をしっかり見て、自分にはまだ足りないところがあって、世界とは差があることを理解していた。だからこそ、2018年のパンパシフィック選手権やアジア大会で金メダルを量産したとき、「東京五輪ではメダルを狙えるかも」と思ったのです。

7月23日に開会式を終え、本格的に競技がスタートした東京五輪。24日には競泳が初日を迎え、各種目に多くの日本人選手が登場した。女子400メートルリレー予選では、白血病を克服して五輪の舞台に立った池江璃花子(ルネサンス)が第2泳者として出場。しかし、惜しくも全体の9位となり決勝進出を逃した。
大橋悠依(イトマン東進)が女子400メートル個人メドレー決勝に、武良竜也(ミキハウス)が男子100メートル平泳ぎ準決勝に進出を果たすなか、メダル獲得を期待されていた瀬戸大也(TEAMDAIYA)は得意の男子400メートル個人メドレーでまさかの予選敗退。幕開けから大波乱が起こった。
そんな初日を、1992年バルセロナ五輪の金メダリストで、現在は競泳の指導者・解説者として活動する岩崎恭子さんに振り返ってもらった。

大阪出身で13歳の西矢椛(にしや・もみじ)が、スケートボード女子ストリートで、オリンピック史上初の金メダルを獲得した。これは、1992年バルセロナ大会の「競泳女子200メートル平泳ぎ」で優勝した岩崎恭子(当時14歳)を抜く、日本最年少のオリンピック王者だ。

最初の種目(男子400メートル個人メドレー)で、瀬戸大也選手が決勝に残れないという予想もしていなかった事態が起きました。
レース展開をどう考えていたかは本人にしかわかりません。しかし、レース後のインタビューで語っていたように、予選で好記録を出したものの決勝では力を出し切れなかった前回のリオデジャネイロ大会のイメージがあったのでしょう。今回は、「予選で力をセーブして決勝に勝負を懸ける」という考えだったと思いますが、現実は勝負し切れず、その作戦ミスが命取りになりましたね。
本人いわく調子は悪くなかったようですし、実際にそういう印象を受けました。ただ、最後にペースを上げられなかったところを見ると絶好調ではなかった気はしますね。最後の自由形で追い上げられたときに、体が動けばそのまま逃げ切れる。だからやっぱり、「力を出し切れなかった」というのが正直なところだと思います。ラスト50メートルくらいまでは力をセーブしていたのが見ていてわかったので、「最終的に何がいけなかったのか」を本人も自問自答しているのではないでしょうか。
幸い、まだ2種目(200メートル個人メドレー、200メートルバタフライ)が残っています。過去に世界選手権でも似たような状況から優勝しているので、「切り替えができるタイプ」の選手です。起きてしまった結果は仕方がないですし、もう次を見据えるしかありません。私は彼のことを10代の頃から見てきましたが、「巻き返せる強さ」を持っている選手だと思っています。

1992年バルセロナ五輪200メートル平泳ぎ、競泳史上最年少14歳で金メダル獲得。名言として残るインタビューも相まって、一躍、時の人となった。引退後は児童の指導法を学ぶために米国へ留学し、水泳・着衣泳のレッスンやイベント出演を通して水泳の楽しさを伝える活動をしている。

2021最新 岩崎恭子 セリフ

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そして1998年、伝染性膿痂疹を発症してしまったことと、競技への気持ちが喪失していることを実感し、引退を決意。
まだ20歳のことでしたが、岩崎恭子さんにとって14歳から20歳の間の競技人生は、とても大変なものだったのではないでしょうか。

ですがそれでも今なお名言は語り継がれていますし、オリンピックの時期になると必ずと言っていいほど岩崎恭子さんが取り上げられますよね。

岩崎恭子さんは中学2年生という若さで世界一となり、オリンピック金メダリストとなりました。

その後も水泳の指導者、結婚と離婚に出産と育児と、岩崎恭子さんはとてもいろんなことを経験されています。

その後アトランタオリンピックに出場した岩崎恭子さんですが、10位という結果に終わってしまいました。

水泳から離れることはなく、2002年には海外指導者研究生としてアメリカにも留学し、指導者としての道を歩み始めました。

問題自体が間違っていたので、MCの山里亮太さんも「岩崎さん、そのアスリート精神ほんと素晴らしい。今の問題なかったことになります」とおっしゃるほど。

今回東京オリンピックが近づいていますが、地元の沼津市で聖火ランナーを務めるなどやはり岩崎恭子さんはオリンピックに欠かせない人になっています。

辛い日々を乗り越えて、岩崎恭子さんの今があるのではないでしょうか。

しかし引退後も岩崎恭子さんの知名度は相当なもので、テレビにコメンテーターとして出演するなどテレビの仕事が増えていきます。

しかし実際は「き」が入っていなかったということで、岩崎恭子さんが収録中に訂正するというまさに歴史的瞬間があったのでした。

14歳で金メダル、本当にすごい偉業を成し遂げた岩崎恭子さんですが、その後はとても大変な日々だったと思います。
2年間の記憶がなく、「金メダルを取るんじゃなかった」と思うこともあったそう。

東京オリンピックでも、岩崎恭子さんは活躍されるかもしれませんね。

2021最新 岩崎恭子 出身

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岩崎氏は「地元で聖火をつなげたいという気持ちがあったので、とてもうれしかった」と6月24日に地元の静岡県沼津市で聖火ランナーを務めた。

自身の経験を多くの人に伝え、同じように、悩んでいる人たちの助けになりたい。それも岩崎氏がこれから取り組んでいきたいことの一つだ。

2度のコロナ感染乗り越え金メダル 一時は運動もできず…男子200m自のディーン「夢が実現した」

いよいよ、7月23日に東京オリンピックが開会式を迎える。本学水泳部学生からは6人、卒業生からは2人の選手が夢の舞台に立つこととなった。開会にあたり、本学卒業生であるオリンピックメダリストから自身の経験を通して学んだこと、そして東京オリンピックで注目したい点などを教えてもらった。
今回は、バルセロナオリンピックの女子200m平泳ぎで金メダルを獲得した岩崎恭子氏だ。

1978年7月21日生まれ。静岡県沼津市出身。2001年文理学部心理学科卒。
中学2年生でバルセロナオリンピックに出場し、女子200m平泳ぎで当時のオリンピック記録を塗り替えるタイムで、競泳史上最年少で金メダルに輝いた。過剰な注目にも苦悩しつつ自分と向き合い、その後アトランタオリンピックにも出場を果たす。
引退後は水泳レッスンや、本学で学んだ心理学を生かし、自分と同じ悩みを持つ選手や、スポーツ選手を子どもに持つ親への教育、アドバイスなどを行っている。

中学2年生で金メダルを獲得し、一気に世間の注目を集めた岩崎氏。良いこともあったが、辛い思いも、イヤな思いもたくさん経験した。自分の気持ちを整理する方法が見つけられずイライラすることもあった。そんな経験が岩崎氏を文理学部心理学科に向かわせた。心理学を学ぶことで自分の心と向き合い、考えを整えることができた。

東京五輪の聖火リレーは24日午後も静岡県で続き、1992年バルセロナ五輪競泳の金メダリスト岩崎恭子さん(42)が、故郷の沼津市を走った。

東京オリンピックでは池江璃花子選手(スポーツ科学部3年)の泳ぎもそうだが、本学水泳部女子キャプテンを務める長谷川涼香選手(同4年)に注目する。中学生のときから長谷川選手を見てきたという岩崎氏は、「メダルを狙える実力を持っている選手。ぜひ自己ベストを更新して、世界だけじゃなく、日本もあっと驚かせてほしい」と期待を寄せる。

選手として、また取材する側としてもオリンピックに関わった岩崎氏は、東京オリンピックの競泳に注目していると話す。
「昔と違って、金メダルを狙える選手たちがたくさんいる、というのはとてもうれしいですよね。ほかの選手たちも、世界一を狙えるチームにいる、という誇りを持って臨んでもらいたいな、と思っています」

そして、選手たちにも岩崎氏からアドバイス。

岩崎氏が出場した1992年のバルセロナオリンピック、1996年のアトランタオリンピックが開催された時代は、日本はまだまだ世界から水を開けられてしまっていた。選手たちの主な目標は『決勝進出』。世界と肩を並べ、メダル争いをするという気持ちを持つには、その差が大きすぎた。

岩崎恭子氏は、14歳で出場した1992年のバルセロナオリンピック女子200m平泳ぎで金メダリストに輝いた。1996年のアトランタオリンピックにも出場し、その後引退。本学文理学部では、以前から学びたかった心理学を専攻し、卒業後はスポーツキャスターなど多方面で活躍している。

「東京開催が決まった2013年から、多くの方々がオリンピックに接することがあったと思います。なかには今まで取り上げられなかった問題も、地元開催のオリンピックだからこそ、スポーツで起こっていることを自分事として捉え、考えるきっかけになったんじゃないかと思っています。

岩崎さんは走行後のイベントで「29年前は金メダル獲得後に市内をパレードした」と思い出を披露。聖火ランナーとして凱旋できたことを「大変うれしく思う」とし、「7月23日に国立競技場で聖火が無事ともることを願っています」と締めくくった。

スケートボードは東京五輪で初めて採用された新競技。西矢の13歳10カ月26日でのメダル獲得は日本代表史上最年少。これまでの記録は1992年バルセロナ五輪の競泳女子200メートル平泳ぎで金メダルを獲得した岩崎恭子の14歳6日だった。

2021最新 岩崎恭子 レース

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岩崎さんは3姉妹の次女。3つ歳の離れた一番上の姉が水泳を習っていたことから、その影響で自身も5歳の頃より地元のスイミングスクールに通い始めたという。では、岩崎さんがスイミングを始める契機となったお姉さんは、何の影響で水泳を始めたのだろうか。

「国際水泳連盟が定める『女子平泳ぎ』には50m・100 m・200 mの3つがあり、私のなかで50mと100 mは短距離というイメージ。私はスピードよりも持久力に強みを持っていて、長い距離のほうがタイムのレベルが高かったので、おのずと200mの選手として選ばれるようになりました。 そもそも平泳ぎの選手になったのも、たまたまタイムが良かったからという単純な理由です。小さいころは記録会で全種目の泳法のタイムを計るのですが、どういうわけか平泳ぎだけいい記録が出たんですよね。楽に泳げるという意味ではクロールが一番好きですが(笑)。 ちなみに平泳ぎだけ『引いて・伸びて』という特殊な動きも求められるため、4泳法のなかで最も技術が必要と言われています。自由形(クロール)・背泳ぎ・バタフライは水を『掻いて』進むという部分で共通しているので、オリンピックのレベルでも自由形と背泳ぎ、自由型とバタフライといった2種目をこなす選手はいるのですが、平泳ぎの選手にはほとんどそれがありません。この事実だけを見ても、平泳ぎの特殊性が分かると思います」

パワーに劣る日本人選手が平泳ぎで好結果を残しているのは、パワー不足をテクニックで補っているからだという。また当時のレース映像を見るとよく分かるが、岩崎さんは追い込み型。後半に強いイメージがあるのだが、それはどのような理由からなのか。

岩崎さんが金メダルを獲得したのは「200m平泳ぎ」。平泳ぎの種目のなかでは最長のカテゴリだ。この泳法、距離に辿り着く過程というのは、意外なまでにシンプルなものだった。

今回のゲストは、元競泳選手の岩崎恭子さんです。1992年、14歳で出場したバルセロナオリンピックで金メダルを獲得。競泳史上及び日本五輪史上最年少での金メダルという快挙を成し遂げた“レジェンド”です。

大阪府出身。フリーアナウンサー、スポーツライター。四国放送アナウンサー、NHK高知・札幌キャスターを経て、フリーへ。2011年に番組でパラスポーツを取材したことがきっかけで、パラの道を志すように。キャッチコピーは「日本一パラを語れるアナウンサー」。現在はパラスポーツのほか、野球やサッカーなどスポーツを中心に活動中。

「今まで生きてきた中で一番幸せです」。バルセロナオリンピックのレース後に口にしたこの言葉とともに、当時、一躍時の人となった岩崎さん。しかし、多感な14歳の少女の心は、その環境の変化に追いつくことができませんでした。

「勝った!金メダル!55秒05、55秒05!鈴木大地、金メダル!」1988年、韓国ソウル五輪の鈴木大地、現在のスポーツ庁長官による大逆転金メダル、これは予想も出来ないことだった。鍵は「銀メダルはいらない。金だけだ。4年前のロサンゼルスの悔しさを忘れたことはない」という壮絶な意気込み。前回のロサンゼルス五輪で決勝に残れずスタンド観戦した無念、「出るだけでは駄目だ。戦いたい」。大地を指導し続けた鈴木陽二コーチは決勝レースに向けてこう言って送り出した。「大地、お前は天才だからな」。

1992年バルセロナ五輪競泳女子200メートル平泳ぎ金メダルの岩崎恭子氏(43)が、競泳女子の大橋悠依(25=イトマン東進)にさらなる期待を寄せた。
大橋は25日の400メートル個人メドレーで金メダルを獲得すると、28日の200メートル個人メドレーでも接戦を制した。夏季五輪の日本女子選手として初めて2冠を達成し「競泳は個人で何種目も出られる競技なので、チャンスがあるのはありがたいなと思います。ただ、史上初という実感がないのでビックリしています」と神妙に語っていた。
歴史に名を刻んだ大橋の泳ぎについて、岩崎氏は「本人も話していましたが、400(メートル個人メドレー)で勝ったことですごく余裕があったと思う。あとは作戦を立てる上で、非常に平井(伯昌)先生もしっかりとアドバイスしたと思うし、作戦はすごく当たっていた」と振り返った。
競泳女子界の歴史に新たなページを刻んだ大橋。来年5月には世界選手権(福岡)を控えていることから「追いかけられる立場になったと思うが、そこでもう一度2冠を達成してもらうと、またさらに強さを見せられるんじゃないかな」とエールを送った。

7月30日に行われた東京五輪・競泳男子200メートル個人メドレー決勝に、瀬戸大也(TEAM DAIYA)と萩野公介(ブリヂストン)がそろって出場。日本勢による表彰台を期待されるも、瀬戸が1分56秒22で4位、萩野が1分57秒49の6位に終わり、メダル獲得には至らなかった。
試合後の両選手はプレッシャーから解放されたのか晴れやかな表情。萩野が「順位は悪かったけど、一番幸せな五輪だった」と語ったように、小学校の頃から互いを知るライバル同士で五輪の決勝を戦えた喜びを語った。
五輪の素晴らしさを感じさせるレースだった一方で、瀬戸、萩野ら日本のトップスイマーがメダルなしに終わった事実は見逃せない。3年後のパリ五輪での躍進を見据えるうえでも、日本競泳界全体の底上げが不可欠だ。今回は1992年バルセロナ五輪の金メダリストで、現在は競泳指導者・解説者の岩崎恭子さんに男子200メートル個人メドレー決勝のレース内容とともに、日本競泳界の強化ポイントを解説してもらった。

周囲から心無い言葉を浴びせられることもあり、金メダルを獲った事を後悔したこともあったという岩崎さん。番組では、そんな「金メダルの光と影」を追うとともに、一児の母として仕事と育児を両立させる彼女の「今」に密着。苦しかった日々を乗り越え、笑顔と自信の大切さに気付いた岩崎さんの「生きる原動力」と「一番の幸せ」に迫ります。

男子200メートル個人メドレーの決勝は、メダルまで本当に僅差でした。瀬戸選手と萩野選手が一番悔しい思いをしていると思いますが、100分の1秒が勝敗を分ける世界なのだということを改めて思い知らされたレースでしたね。この2人だからこそ最後までワクワクさせてくれましたし、いろんな苦労を背負いながらも東京五輪にたどり着いたことを思うと、「最後まであきらめない」ことの大切さを教えてもらったようにも感じます。メダルこそ獲得できませんでしたが、レース後の力を出し切った2人の笑顔に、胸を打たれた人も多いのではないでしょうか。
この種目では、リオデジャネイロ五輪で銅メダリストの汪順(中国)が金メダルを獲得しました。金メダル候補のマイケル・アンドルー(米国)が5位に終わり、意外な結果となりましたね。アンドルーは前半から仕掛けてくる選手ですが、一方で汪順や銀メダルを獲得したダンカン・スコット(英国)は後半の追い上げが強い選手です。彼らは瀬戸選手や萩野選手が万全の調子じゃないということも分かっていたうえで、作戦通りに展開できたように思います。「記録よりも金メダルを狙うレース」というのがしっかり出ていました。
瀬戸選手も萩野選手も泳ぎそのものは良かったです。瀬戸選手は最初のバタフライで力まずに入っていけていましたし、準決勝と同じように後半の勝負を仕掛けられていました。大きなプレッシャーのなかで気持ち的に沈む部分もあったと思いますが、よくここまで期間中に盛り返してきました。萩野選手も得意の背泳ぎで伸びてきたし、ターンのあとの動作もすごく上手だった。自分のコンディションを自覚しながらこの種目1本に絞ったというのは、相当な覚悟も必要だったはずです。そういう状況の中で、2人ともいま出せるものをすべて出し切った泳ぎを見せてくれました。
瀬戸選手がレース後のインタビューで「これからも競技人生は続く」と言っていたので、今後の活躍にも期待したいです。競泳のトップ選手がチーム対抗で争う「国際水泳リーグ」にも参加すると発言していますし、2022年の夏には福岡で世界選手権が行われるので、そこで活躍する姿も見たいですね。パリ五輪が行われる3年後は瀬戸選手も萩野選手も30歳になる年ですが、35歳で金メダルを獲ったアンソニー・アービン(米国)のような選手もいますので、まだまだ成長し続けられると思います。

・妻が語る瀬戸大也「ストレートすぎて新しい人種みたい(笑)」