2021最新 内村航平 イラスト

鉄棒に絞ったのは、痛めていた両肩への負担が少なかったことに加え、2015年の世界選手権で金メダルを獲得するなど高得点を取れる種目だったことが大きな要因だ。リオ2016大会の個人総合でも最後の鉄棒で着地をぴたりと止め、オレグ・ベルニャエフ(ウクライナ)を逆転したシーンは、記憶に新しい。

このままでは東京2020大会への出場は夢物語。残された選択肢は、種目を絞るしかなかった。だが、なかなか踏ん切りがつかない。ずっとオールラウンダーとしてやってきて、「6種目やってこそ体操」というこだわりがあったからだ。それを捨て去るのは、これまでの自分と決別することを意味する。ただ、佐藤寛朗コーチから「もがいて苦しんでオリンピックに出られないより、確実に気持ち良く行けた方がいいんじゃないか」と言われ、視界が開けた。

5人の力を結集した団体、最後の鉄棒で着地をぴたりと止め、ベルニャエフを逆転した個人総合は、それぞれリオの名場面だ。内村は東京で新たな歴史を刻むべく、静かに燃えている。

内村には、自分のパフォーマンス以上に体操界全体を俯瞰(ふかん)した発言が多い。「体操はほんと、マイナーなんで」と言いながら「盛り上げたい」と話す。後進にアドバイスし、その成長を喜ぶ。「歴史は大切」というだけに、頭には常に「継承」がある。

日本体操界は、団体を大切にする。小野も遠藤も加藤も「最大の目標は団体金メダル」と言って五輪に臨んだ。メンバーを入れ替えながら世代交代を進め、勝ち続けた。「栄光への架け橋」の2004年アテネ大会の冨田洋之からバトンを渡されたのが「キング」内村。責任を自覚しながら、日本を引っ張ってきた。

「オリンピックは1人で行くものではなく、自分に携わるいろいろな人と一緒に行くんだという気持ちになれたんです。それで種目を絞る選択をしたんですけど、『本来こうすべきだったんだな』とやっているうちに思えた。過去の自分が邪魔をしていたと言うか、『6種目やってこそ体操』と言っていたことがかえって呪縛になっていました。やらなければいけないんだという感じになっていて……。2017年からの3年間はそうしたこだわりが邪魔をしていたし、プライドを捨てるのに勇気がいりました」

内村にとって、この5年間は「初めての挫折だった」。リオまでは自分の思い描く通りに全てが順調に進んでいた。ただ、うまくいかなくなったときこそ、人間としての強さも問われる。内村は栄光を極めた過去の自分と決別し、新しい自分と向き合うことで、その挫折を乗り越えた。4大会出場することは「諦めが悪く、心の底から体操が好きな人しか到達できない領域」と語っていたが、内村というアスリートの本質も「諦めない」「心の底から体操が好き」という言葉に集約されている。

内村、まさかの落下! 悲鳴をあげた人も多かっただろう。団体、個人総合、種目別とフル回転した過去3大会と違って、鉄棒一本に絞った今大会。それが、一瞬で終わった。ぼうぜんとしながらも、一回りも違う後輩たちに気を使わせないように声をかける。これまで何度も奇跡を見せてくれた「キング」の信じられない姿に、涙が出た。

東京オリンピックの開会式では、日本語の50音順で、205の国と地域、そして難民選手団の合わせて206の選手団が入場、色とりどりの衣装で、楽しませてくれました。なかには、開催国の日本を意識したデザインを取り入れた選手団もありました。

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「自分がダメでも、キャプテンだったからね」と言ったのは、1964年東京五輪男子体操主将で日本選手団の主将を務めた小野喬だった。「鬼に金棒、小野に鉄棒」と言われた通り鉄棒に強く、東京大会は33歳で4回目の五輪出場。今大会の内村と同じように肩を痛め「とても演技できる状態じゃなかった」と言う。

オリンピック3大会(2008年北京、2012年ロンドン、2016年リオデジャネイロ)に出場し、個人総合2連覇を含む7つのメダル(金メダル3、銀メダル4)を獲得。また、世界体操競技選手権でも個人総合での世界最多の6連覇を含む21個のメダル(金メダル10、銀メダル6、銅メダル5)を獲得している。国内大会ではNHK杯個人総合10連覇、全日本選手権個人総合でも10連覇を達成。

2020年2月から鉄棒に専念し、1年かけて自身の演技を磨き上げてきた。1種目に絞ったことで体力的な負担が軽減され、演技も安定。東京2020大会の選考対象となる2021年4月からの全日本選手権、NHK杯、全日本種目別選手権では、世界でも数人しかできないH難度の「ブレットシュナイダー」や、G難度の「カッシーナ」といった離れ技を次々と決める内村の姿があった。全日本種目別選手権の予選では2017年のルール改正以降、世界最高得点となる15.766点をマークするなど、見事な演技を披露した。

「2017年から2019年の年末までは、ずっときつかったですね。この年齢で新しいケガをすると、元の体に戻すには時間が相当かかる。どれだけ頑張っても戻らなくて、練習をしないといけないのに、その練習が逆にダメージになっていました」

体操男子日本代表は、「(金5、銀4を獲得した)1964年の東京を超えるような大会にしよう」という意味を込めて「Beyond 1964」というスローガンを立てた。内村自身も団体優勝を目指していたリオでは「(団体で金メダルを獲得した)アテネの冨田洋之さんの着地を超えたい」とずっと言っていたが、それが無理であることを実感した。