2021最新 岩崎恭子 セリフ

そして1998年、伝染性膿痂疹を発症してしまったことと、競技への気持ちが喪失していることを実感し、引退を決意。
まだ20歳のことでしたが、岩崎恭子さんにとって14歳から20歳の間の競技人生は、とても大変なものだったのではないでしょうか。

ですがそれでも今なお名言は語り継がれていますし、オリンピックの時期になると必ずと言っていいほど岩崎恭子さんが取り上げられますよね。

岩崎恭子さんは中学2年生という若さで世界一となり、オリンピック金メダリストとなりました。

その後も水泳の指導者、結婚と離婚に出産と育児と、岩崎恭子さんはとてもいろんなことを経験されています。

その後アトランタオリンピックに出場した岩崎恭子さんですが、10位という結果に終わってしまいました。

水泳から離れることはなく、2002年には海外指導者研究生としてアメリカにも留学し、指導者としての道を歩み始めました。

問題自体が間違っていたので、MCの山里亮太さんも「岩崎さん、そのアスリート精神ほんと素晴らしい。今の問題なかったことになります」とおっしゃるほど。

今回東京オリンピックが近づいていますが、地元の沼津市で聖火ランナーを務めるなどやはり岩崎恭子さんはオリンピックに欠かせない人になっています。

辛い日々を乗り越えて、岩崎恭子さんの今があるのではないでしょうか。

しかし引退後も岩崎恭子さんの知名度は相当なもので、テレビにコメンテーターとして出演するなどテレビの仕事が増えていきます。

しかし実際は「き」が入っていなかったということで、岩崎恭子さんが収録中に訂正するというまさに歴史的瞬間があったのでした。

14歳で金メダル、本当にすごい偉業を成し遂げた岩崎恭子さんですが、その後はとても大変な日々だったと思います。
2年間の記憶がなく、「金メダルを取るんじゃなかった」と思うこともあったそう。

東京オリンピックでも、岩崎恭子さんは活躍されるかもしれませんね。