2021最新 体操 内村航平 ブラックサンダー

希少なマダガスカル産カカオを使用した、ながーいブラックサンダーが誕生!

さらに、同社は次の成長に向けて動きだしている。ブラックサンダーが台湾で一時ブームとなった。インバウンド観光客の間でも「白いブラックサンダー」が売れている。それをきっかけにして海外展開も進め、現在は台湾、タイ、アメリカで販売している。今後インドネシアにも広げて、5年間で海外売上高10億円を目指している。

同社は企業理念として「夢のある安くておいしいお菓子を創造する企業を目指す」を掲げる。お客様に感動を与えるような商品を作るという決意と、「夢のある会社」にしたいという意味が込められているという。そんな有楽製菓が1994年に発売したのが、ビスケットとココアクッキーをチョコで固めたチョコバー「ブラックサンダー」だ。しかし、順風満帆に成長したわけではない。当初は全く売れず、95年に一度は終売になった。それでも九州地区では評判が良かったため、担当の営業からの再販要請に応えて96年に再び販売を開始し、ほそぼそと販売を続けていた。その後、大学生協で扱われるようになったことで、大学生の間に口コミで広がり、徐々に売れるようになっていった。

このプロフィールをベースにして、ブランドを飽きさせない四つの工夫を行っている。ひとつ目は、分かりやすいパッケージだ。ブラックサンダーは定期的にリニューアルを行っている。初代と二代目のブラックサンダーのパッケージは「BLACK THUNDER」と英語表記にしていた。英語ではブランド名がパッケージデザインの一部として見られ、ブランド名が認識されない、コンビニの売場でも目立たないという理由で三代目からカタカナで「ブラックサンダー」と表記した。

有楽製菓は、ブラックサンダーというマスターブランドづくりに注力し、ブランドを飽きさせない工夫でブランド価値を維持している。同社の強さはこのブラックサンダーのブランド力だけでなく、高い生産技術にある。ブラックサンダーの包装工程では1秒に5個を包装する。箱詰めも箱の組み立てから4秒で20個を詰めることができ、人手を使わず1日で75万個を生産する技術を持っている。こうした技術がブラックサンダーブランドの構築を支えている。

平成6年の販売当初はなぜか人気が全く出ず、翌年には全国で販売停止となったブラックサンダー。ところが、内村が少年時代を過ごした九州地区のファンからの要望を受け、販売を再開したという。

同社は1955年に創業し、ウェハースの製造からスタートした。その後、豊橋市や札幌市に工場を設立。チョコレートも製造するようになり、扱う商品を広げていった。2008年に46億円だった売上は、2017年には102億円と、10年間で2.2倍に拡大した。

「好きなお菓子はブラックサンダーです」

2005年頃、「生協の白石さん」という本に取り上げられて以降インターネット上でじわじわと知名度が上昇。

有楽製菓の成長のポイントはブラックサンダーのマスターブランドを構築していることだ。ブラックサンダーには、ブランドの価値や性格を活字で理解、共有する「プロフィール」が存在しているという。ブラックサンダーにあった広告・イベント展開、商品開発などは、全てこのプロフィールに基づいて行われる。これは、迷った時のブランドの原点を示すものだ。これがあるからこそ、ブラックサンダーのブランドイメージを損なわない施策などを行うことができている。

東京都小平市に本社を構える菓子製造・販売の「有楽製菓」は、成長著しい企業である。その成長を支えるのが、30円のチョコバー「ブラックサンダー」だ。年間1億3,000万個を出荷するチョコレート市場の大ヒット商品になっている。

四つ目は、コンビニエンスストア(CVS)の店頭以外での接点づくりだ。ブラックサンダーのメインチャネルはCVSであり、CVSの売場で露出を高めることが重要だ。しかし、それだけでなく、義理チョコ文化をもう一度盛り上げたいというコンセプトで「一目で義理とわかるチョコ」をメインコピーにして、2014年に東京駅一番街東京おかしランド内にポップアップストア「義理チョコショップ」を展開した。さらに、2016年にはホワイトデーのお返し用に「白黒つけない義理のお返しショップ」をオープンさせた。

商品の改廃が激しいチョコレート市場において、ブラックサンダーは1億個を売り続けている驚異的な商品だ。発売から24年が経過し、今やチョコレートを代表するロングセラーブランドになっている。

リオデジャネイロ五輪の男子体操個人総合で44年ぶりの連覇を達成し、団体に続いて2個目の金メダルを獲得した内村航平(27)が「大好き」と公言するお菓子がある。クッキーとビスケットをチョコレートで包んだ「ブラックサンダー」だ。人気薄による販売停止を乗り越え、8年前の内村の発言をきっかけに注文が殺到し、年間の販売数は1億個を突破した。製造元の有楽製菓(本社・東京都小平市)のマーケティング課長、伊藤大介さん(39)は「全社員で内村選手を応援している」と話す。

そのブラックサンダーが大ヒットしたのが、2008年の北京オリンピックだった。体操の内村航平選手が好んでブラックサンダーを食べていることが広まり、多くの人に知られるようになった。その結果、08年の売上個数は対前年比1.8倍に達した。この外部的な要因もあり、ブラックサンダーは成長軌道に乗った。