全日本選手権

2021最新 橋本大輝 全日本選手権

2021最新 橋本大輝 全日本選手権

橋本は、なぜ大きな放物線を描く演技ができるのか?

体操の男子個人総合の決勝は、予選を通過した24人の選手が出場して、6種目の合計得点で争われました。予選1位で19歳の橋本選手は、最初の種目のゆかで、G難度の大技、「リ・ジョンソン」を決め、予選より高い14.833の得点をマークしました。橋本選手は、2種目めのあん馬と5種目めの平行棒では、15点台の得点をマークしました。橋本選手は1種目を残して、1位の中国の肖若騰選手と0.467差の3位で、最後の種目、鉄棒に臨みました。鉄棒では、先に演技した肖選手が14.066にとどまったのに対し、橋本選手はG難度の「カッシーナ」など手放し技を次々と成功させたほか、最後の着地も決めて14.933の得点をマークして肖選手などを逆転しました。橋本選手は6種目の合計で88.465の得点で初めてのオリンピックで金メダルを獲得しました。この種目では、内村航平選手が前回まで2連覇していて、日本は3大会連続の金メダルです。また、日本体操協会によりますと、オリンピックの男子個人総合で橋本選手は最年少での金メダルとなりました。同じ個人総合に出場した18歳の北園丈琉選手は5位でした。

東京オリンピック、体操の男子個人総合で19歳の橋本大輝選手が金メダルを獲得しました。この種目で、日本は3大会連続の金メダルです。

2021最新 内村航平 全日本選手権

2021最新 内村航平 全日本選手権

社会人アメリカンフットボールのX1エリア西日本トーナメントの1回戦2試合が1日、神戸市王子スタジアムで行われ、みらいふ福岡が34-20でアズワンを破って決勝進出を果たした…

このままでは東京2020大会への出場は夢物語。残された選択肢は、種目を絞るしかなかった。だが、なかなか踏ん切りがつかない。ずっとオールラウンダーとしてやってきて、「6種目やってこそ体操」というこだわりがあったからだ。それを捨て去るのは、これまでの自分と決別することを意味する。ただ、佐藤寛朗コーチから「もがいて苦しんでオリンピックに出られないより、確実に気持ち良く行けた方がいいんじゃないか」と言われ、視界が開けた。

体操競技の鉄棒で東京2020オリンピック出場が内定している内村航平は、大会に向けての気持ちをこう語った。もはや説明不要の体操界のキングは、迫り来る大舞台にも泰然自若としている。

体操男子日本代表は、「(金5、銀4を獲得した)1964年の東京を超えるような大会にしよう」という意味を込めて「Beyond 1964」というスローガンを立てた。内村自身も団体優勝を目指していたリオでは「(団体で金メダルを獲得した)アテネの冨田洋之さんの着地を超えたい」とずっと言っていたが、それが無理であることを実感した。

自らを「大長老」だと語る内村は、世界選手権(FIG Artistic Gymnastics World Championships)で10個の金メダルを獲得しているほか、五輪では三つの金メダルを含む7個のメダルを獲得している。

内村にとって、この5年間は「初めての挫折だった」。リオまでは自分の思い描く通りに全てが順調に進んでいた。ただ、うまくいかなくなったときこそ、人間としての強さも問われる。内村は栄光を極めた過去の自分と決別し、新しい自分と向き合うことで、その挫折を乗り越えた。4大会出場することは「諦めが悪く、心の底から体操が好きな人しか到達できない領域」と語っていたが、内村というアスリートの本質も「諦めない」「心の底から体操が好き」という言葉に集約されている。

「2017年から2019年の年末までは、ずっときつかったですね。この年齢で新しいケガをすると、元の体に戻すには時間が相当かかる。どれだけ頑張っても戻らなくて、練習をしないといけないのに、その練習が逆にダメージになっていました」

4回目の出場権は、薄氷を踏む思いで勝ち取ったものだ。約9年間続いた個人総合での連勝記録が「40」で止まったのは2017年の世界選手権。跳馬の着地で左足首を負傷し、棄権した。長く酷使してきた肉体は悲鳴を上げており、右足首を痛めた2018年は世界選手権で個人総合の出場を断念。両肩をケガしていた2019年は全日本選手権でまさかの予選落ちを喫し、2008年以降初めて日本代表から落選した。

【7月24日 AFP】体操男子個人総合で2大会連続の金メダルを獲得した内村航平(Kohei Uchimura)が、東京五輪の同種目予選で鉄棒のほかに平行棒にも出場することが分かった。

「何かを超えるってやはり難しいんです。1964年の東京はそのときの東京ですし、2021年の東京は今回にしか出せないものがある。だから僕は今のこのチームで新しい歴史を築くような演技や、名場面を自分たちで作っていければいいんじゃないかと思います」

くぐってきた修羅場が違う。緊張感張り詰める代表選考の終盤戦で、内村が“王”の輝きを放った。引き締まった表情で鉄棒を握ると、冒頭のH難度ブレトシュナイダーを含めたすべての離れ技を成功。着地もピタリと止め、「よしっ!」と右拳を握った。

プロ野球の日本一を決める日本シリーズは22日、京セラドーム大阪で行われた第2戦でソフトバンクが巨人に13-2で大勝し、2連勝を飾った。ソフトバンクは2018年の第3戦から…

5人の力を結集した団体、最後の鉄棒で着地をぴたりと止め、ベルニャエフを逆転した個人総合は、それぞれリオの名場面だ。内村は東京で新たな歴史を刻むべく、静かに燃えている。

同競技における4回目の出場は、小野喬さん以来2人目。小野さんはヘルシンキ1952から東京1964まで4大会連続でオリンピックの舞台に立っており、4回目が東京という点も内村と同じだ。

「オリンピックは1人で行くものではなく、自分に携わるいろいろな人と一緒に行くんだという気持ちになれたんです。それで種目を絞る選択をしたんですけど、『本来こうすべきだったんだな』とやっているうちに思えた。過去の自分が邪魔をしていたと言うか、『6種目やってこそ体操』と言っていたことがかえって呪縛になっていました。やらなければいけないんだという感じになっていて……。2017年からの3年間はそうしたこだわりが邪魔をしていたし、プライドを捨てるのに勇気がいりました」

2021最新 内村航平 全日本選手権 2020

2021最新 内村航平 全日本選手権 2020

“キング”内村の予選落ちは、団体戦を戦う橋本大輝、谷川航、萱和磨、亀山耕平ら日本チームに衝撃を与えることになったが、内村自身も気持ちを切り替え、団体で暫定1位となった若いチームのサポートに回ると話した。

「いろいろと重なる部分があるんですよね。東京を迎える年齢も一緒(小野さんは当時33歳、内村は早生まれの32歳)ですし、鉄棒が得意。そのときは肩も痛めていたみたいで僕と同じだなと。縁があるんだと思います。ただ、4回目の出場が史上2人目で、過去にいたのはちょっと悔しい気持ちもあるんですよね。かと言って(2024年の)パリを目指すというわけではないですけど」

内村:ハッキリとは覚えていませんが、僕が3歳のときに両親が体操クラブを始めて、そのころには自宅に併設された体育館に入り浸っていたと思います。友達と遊ぶのは週1回あるかないかで、学校から帰ったらずっと練習。だから、通学路での思い出以外はほとんど体操のことしか記憶に残っていません。

「もう4回目なので、特別な何かに向かうというよりは、(国内選考が開始した今年4月の)全日本選手権から変わらず、目の前の試合を一つひとつ全力でやり抜くだけですね」

内村:今のところは考えていません。ただ、何かしらの形で地元に貢献する気持ちは持ち続けていたいです。すでに東京で暮らした年月のほうが長くなりましたが、それでも長崎は特別な存在なんです。今も地元に帰ると「長崎の誇りです」と言ってもらえますしね。
たとえ住まないとしても、あの街で過ごした思い出や地元の人たちをずっと忘れずにいたいです。だって、諫早は体操を始めた街でもありますからね。

4回目の出場権は、薄氷を踏む思いで勝ち取ったものだ。約9年間続いた個人総合での連勝記録が「40」で止まったのは2017年の世界選手権。跳馬の着地で左足首を負傷し、棄権した。長く酷使してきた肉体は悲鳴を上げており、右足首を痛めた2018年は世界選手権で個人総合の出場を断念。両肩をケガしていた2019年は全日本選手権でまさかの予選落ちを喫し、2008年以降初めて日本代表から落選した。

体操競技の鉄棒で東京2020オリンピック出場が内定している内村航平は、大会に向けての気持ちをこう語った。もはや説明不要の体操界のキングは、迫り来る大舞台にも泰然自若としている。

内村:特に支障はなかったですね。街の人は僕が草加に住んでいることを知っていましたし、近くのコンビニやスーパーに行くと「あ、内村航平だ」と気づかれました。でも、そこで過剰にグイグイくるわけでもなく、かといって無関心なわけでもない。「これから練習ですか?」「がんばってね」と温かい言葉をかけてくれるので、すごく励みになりましたよ。

―― では、2011年から6年間を過ごした草加はいかがでしたか?

「2017年から2019年の年末までは、ずっときつかったですね。この年齢で新しいケガをすると、元の体に戻すには時間が相当かかる。どれだけ頑張っても戻らなくて、練習をしないといけないのに、その練習が逆にダメージになっていました」

内村:そのころは特に気にしていなかったけど、今振り返ると、どの街もすごくいい環境でした。特に高3のときの家は井の頭公園から徒歩20秒くらいでしたから。家の目の前が、広場みたいなところでしたね。吉祥寺駅にも歩いて行ける距離で、とても便利でした。当時は「なんでこんな線路の近くなんだろう」くらいに思ってたけど、じつは生活環境としてもかなり恵まれていたんですね。

もっとも個人枠の争いは、跳馬で初代表を目指した米倉英信をタイブレークの条件でわずかに上回るという接戦だった。全日本種目別選手権の決勝でミスが出たのが原因だ。

―― 内村少年にとっては、体操こそが一番楽しい「遊び」だったのでしょうか?

2連覇を狙う萱和磨が3位、谷川航(以上セントラルスポーツ)が4位で続いた。2016年リオデジャネイロ五輪団体総合金メダルメンバーの白井健三(日体大教)は12位、田中佑典(コナミスポーツ)は20位。18、19年に2連覇した谷川翔(セントラルスポーツ)は22位で突破した。予選と18日の決勝の合計で日本一を決める。

「オリンピックは1人で行くものではなく、自分に携わるいろいろな人と一緒に行くんだという気持ちになれたんです。それで種目を絞る選択をしたんですけど、『本来こうすべきだったんだな』とやっているうちに思えた。過去の自分が邪魔をしていたと言うか、『6種目やってこそ体操』と言っていたことがかえって呪縛になっていました。やらなければいけないんだという感じになっていて……。2017年からの3年間はそうしたこだわりが邪魔をしていたし、プライドを捨てるのに勇気がいりました」

2021最新 内村航平 鉄棒 全日本選手権

2021最新 内村航平 鉄棒 全日本選手権

◇東京五輪第2日 体操男子予選(2021年7月24日 有明体操競技場)
種目別鉄棒に絞って4大会連続の五輪出場を果たした内村航平(32=ジョイカル)は、13・866点でまさかの予選落ちを喫した。
【写真】内村がスポニチ本紙に寄せた直筆の目標
H難度「ブレトシュナイダー」、G難度「カッシーナ」、E難度「コールマン」をキャッチしたものの、21日の練習でも落下した中盤のひねり技で、この日も落下。日本勢で4番手となり、各国上位2人までが進出できる決勝を逃した。
6種目の個人総合で12年ロンドン、16年リオデジャネイロと五輪連覇したが、深刻な両肩痛を抱えていた19年4月の全日本選手権で予選落ち。20年2月、鉄棒一本で勝負することを決断したが、3大会の金メダルには届かなかった。

これまで4大会連続メダルの偉業を達成した日本選手は、5大会連続の柔道、谷亮子(旧姓田村)を含め、体操の小野喬、レスリングの伊調馨、吉田沙保里の4人。だが、最後の大会で個人の金メダルを獲得したのは伊調だけで、谷は銅、吉田も銀に泣いた。1964年東京大会で団体総合の金を手にした小野も「鬼に金棒、小野に鉄棒」とまで言われた得意種目は6位だった。絶対的な王者といえども、最後まで頂点に君臨し続けるのは至難の業だ。

自他共に認めるオールラウンダー・内村が、4~6月の代表選考会は種目別の代表権を得るために鉄棒一本で挑んだ。酷使してきた体が、全種目を戦うには限界を超えていたからだ。

東京オリンピックの代表選考を兼ねた体操の全日本種目別選手権が群馬県高崎市で行われ、鉄棒の予選では4回目のオリンピック出場を目指す内村航平選手が大技をミスなく決めるほぼ完璧な演技でトップの得点をマークしました。

東京オリンピック、体操は男子予選が行われ、種目別の鉄棒で金メダルの期待がかかった内村航平選手は、鉄棒で落下して、決勝進出はなりませんでした。

史上最高の体操選手とされる内村は演技中、鉄棒から手が離れて落下した。

「歴史に名を刻めるような演技、名場面を残せればいい」。過去3大会で金3個を含む7個のメダルを獲得し、「キング」と呼ばれる体操男子の内村航平(32)(ジョイカル)が24日、自身最後と決めている東京五輪への思いをオンライン記者会見で語った。

金メダルはトータル210キロを挙げた中国の侯志慧が獲得。インドのチャヌ・サイコム・ミラバイは202キロで銀、インドネシアのウィンジ・アイサフは194キロで銅を獲得した。

三宅は2012年ロンドンの銀、2019年リオデジャネイロの銅に続く3大会連続のメダル獲得を目指し、父・義行さんと二人三脚で競技を続けてきた。義行さんは1968年メキシコ大会の銅メダリスト。

だが、内村の準備は万全からはほど遠かった。五輪代表の権利は、先月の全日本体操種目別選手権で、タイブレークでようやく獲得した。2019年の両肩のけがで、個人総合への出場の可能性は失われた。

最重要視してきた団体での出場を諦めるのは「すごく勇気が要った」が、試しに鉄棒の練習に専念してみると、肩の痛みがうそのように治まった。約2か月後、決意を固め、鉄棒のスペシャリスト・内村が誕生。代表選考会で五輪金メダル級の演技を繰り返し、たった一つの個人枠をつかみ取った。

冗談半分に「大長老」と自嘲する32歳のキングは、「思うように体は動かなくなるし、年齢の壁はある」と認めながらも、「最後の悪あがきじゃないけど、今の自分が輝けるのはやっぱり鉄棒」。磨き抜いた「後方伸身2回宙返り2回ひねり下り」を決め、有終の美を飾れるか。

東京オリンピックの体操男子の代表選考は、4月の全日本選手権、先月のNHK杯、そして5日から始まった全日本種目別選手権の3つの大会の成績をもとに行われます。内村選手は種目別の鉄棒で代表入りを目指していますが、3つの大会を通してオリンピックの種目別の個人枠で日本から出場できるのは、6つの種目すべてを合わせて1人だけです。大会では5日予選が行われ、内村選手は鉄棒の演技に臨みました。

17年からけがが相次ぎ、19年の全日本選手権は両肩痛の影響で予選落ち。「五輪は夢物語」と語るほど、絶望的な状況に置かれた。

リオ五輪で男子団体を金メダルに導いた内村に、東京オリンピックで有終の美を迎えてほしいと望んでいた人は日本に多い。