2021最新 内村航平ak69

男子体操では、4大会連続出場となる内村航平選手が登場。

苦渋の選択がもたらしたもの 精神的にも追い詰められていた内村は、当初の予定ならば五輪1年前だった19年夏に、「東京五輪は夢物語」と口にすることもあった。しかしこの苦境を打開するきっかけとなる決断があった。 2020年2月。内村は、6種目で競う個人総合から鉄棒に絞って東京五輪を目指すと決めたのだ。 オールラウンダーへの強いこだわりを持ってきた内村にとっては苦渋の選択だったが、これが功を奏した。「不思議なことに、鉄棒だけは練習しても肩が痛くならない」と笑顔も取り戻していた。 もちろん、種目を絞れば五輪に出やすくなるというものではない。実際、一つしかない「個人枠」を巡る戦いは熾烈だった。しかし、最後は運も味方した。今年6月にあった全日本種目別選手権兼東京五輪最終選考会。内村は、跳馬のスペシャリストである米倉英信(徳洲会)をタイブレークポイントでかわして代表入りを果たした。点数にして0.001点という超僅差での代表入りだった。 「僕の鉄棒の演技時間は1分弱。その1分にすべてを凝縮して、演技として出せればいい」と、静かな口調の奥に闘志を秘めている。 内村の五輪での成績は華やかだ。19歳で初出場した2008年北京五輪で、団体総合と個人総合の2個の銀メダルを手にしたのを皮切りに、12年ロンドン五輪では個人総合金メダル、16年リオデジャネイロ五輪では団体総合と個人総合で二つの金メダルを獲得した。五輪通算のメダル獲得数7個(金3、銀4)は、現役の日本人選手の中で最多を誇る。 今回は五輪の出場回数で史上最多タイを記録することにもなる。体操の日本人選手で4大会連続の五輪出場は、1964年東京大会で日本選手団主将を務め、「鬼に金棒、小野に鉄棒」と言われた小野喬さん以来、57年ぶり2人目だ。 内村自身もそこは強く意識しており、「かなり近いというか、年齢や立場はほとんど一緒ですよね」とうなずく。「東京五輪」出場時の年齢は小野さんが33歳で、内村は32歳。その時代のスポーツ界の顔であること、鉄棒を得意とするのも共通項と言える。 そして、最大の共通項は何より体操を愛する気持ちだと胸を張る。 「五輪4大会に出るというのは、やはり大変という以外、言葉が出てきません。自分でもよくやったなと思う。しつこいというか、心から体操が好きな人でないと到達できない領域なのではないかと思います」 内村は、2016年リオ五輪前の国内合宿時に、1964年東京五輪のメンバーが合宿地である東京に集結して自分たちを激励してくれたエピソードを明かし、「小野さんと話をさせていただく機会がありました」と感慨深げだった。

体操男子の内村航平選手(27)が勝負曲と公言するアルバム収録曲「Flying B」などを披露した。「前作までの王座の目線は完結したかなと。駆け上がっているころの昔のアティチュード(姿勢)に戻って、やってやろうと。スポーツ選手だけでなく、学生、会社員の方など、戦っている人たちに届けば」とPRした。

内村が組み込む得点源の離れ技3つは、全て同じ技を“起源”とする。ベースになっているのは、バーを越えながら後方抱え込み2回宙返り懸垂の「コバチ」だ。冒頭の「ブレトシュナイダー」はコバチに2回ひねりを加えたもの。「カッシーナ」はコバチを伸身で実施し、1回ひねる。「コールマン」はコバチ1回ひねりとなる。バーから手を離し、次にキャッチするまでのわずかな時間、見る者はスリルを味わう。成否を分かつ技術は何か。内村が重視しているのは、鉄棒の基本動作「車輪」だった。(1)ブレトシュナイダー 演技を始めてから12秒後、大技に挑む。「車輪で描く弧が、大きくなるような感じでやっている」。バーのしなりもコントロールし雄大な回転からH難度の大技につなげる。昨年9月の全日本シニア選手権で実戦初投入して以降、一度も落下せずに国内選考を駆け抜けた。(2)カッシーナ 3つの技で唯一、姿勢は伸身。「車輪の勢いが違うことは、目に見えて分かるんじゃないですかね」。技をかける前の車輪で、下半身を大きく振って、反動をつける。フルパワーで体を空中に投げ出すことで、美しいG難度は成立する。(3)コールマン ひねりが1回多いブレトシュナイダーの車輪と感覚は近いが、わずかに意識に差があるという。「この2つの車輪は見分けがつかないかもしれない」と前置きした上で、「ブレトシュナイダーよりもリラックスしてやる感じ」と説明。気持ち良く回った先に、E難度は余裕たっぷりに成功する。 3種の車輪を巧みに使い分けるため、周到な準備を行う。本番会場に入る前のウオーミングアップでは、上半身と下半身をつなぐ腸腰筋を入念にストレッチ。16年12月のプロ転向後からタッグを組む、佐藤寛朗コーチは「鉄棒にぶら下がって脱力した時に、大きく見えるかどうか」とし、「しっかり肩から抜けて、長く体が伸びている状態で(車輪を)大きく回すのがポイント」と説明した。 国内選考会の5演技は、現行ルールとなった17年以降の世界選手権金メダルの得点を上回り、6月の全日本種目別選手権の予選では世界最高となる15・766点をマーク。代表決定後の試技会で非公式ながら15・800点を叩き出した内村だが、五輪の鉄棒には苦い記憶もある。 12年ロンドン、16年リオデジャネイロ五輪は予選の鉄棒で落下。団体総合と個人総合の予選通過には問題がなかったが、種目別鉄棒の決勝には進めなかった。 1種目のみの出場となる東京五輪では落下は即、致命傷となる。まずは開幕翌日24日の予選を通過し、8月3日の決勝へ。五輪3大会連続の金メダルと、いまだ手にしていない五輪種目別のタイトルがターゲットだ。「目の前の試合を一つ一つ全力でやるという気持ちに変わりはない。満足いく演技を追求していきたい」。鉄棒の基本動作「車輪」から、黄金の軌跡は描かれる。(杉本 亮輔)◇内村 航平(うちむら・こうへい) 1989年(昭64)1月3日生まれ、長崎県出身の32歳。3歳で体操を始め、五輪初出場の08年北京大会で団体総合、個人総合で銀メダル。09~16年に個人総合で2度の五輪制覇を含む世界大会8連覇を達成し、16年12月に日本体操界初のプロに転向した。1メートル62、52キロ。《Vなら84年ロス大会の森末以来》 体操はこれまでの五輪で全競技中、日本最多の98個のメダルを獲得してきた。31個を数える金メダルのうち、最多は団体総合の7で、個人総合と種目別鉄棒が6で続く。64年東京五輪で日本選手団の主将を務め、「鬼に金棒、小野に鉄棒」と称された小野喬さん(89)は鉄棒で56年メルボルン、60年ローマと五輪連覇を達成した。 9日に町田市内で行われた聖火リレーの点火セレモニーで、小野さんは内村に「ぜひとも金メダルを獲って、日本の皆さまに喜んでいただくことを心から願っています」とエール。内村は体操ニッポンでは、小野さん以来の4大会連続の五輪出場となる。16年リオデジャネイロ五輪前に激励された経験があるキングは、「4大会連続が史上2人目で、過去にいたのはちょっと悔しい」と笑った。 日本勢の鉄棒の金メダルは84年ロサンゼルスの森末慎二から遠ざかっており、表彰台も04年アテネ銅メダルの米田功が最後となっている。《最大のライバルはロンドン金の“鉄棒の神”ゾンダーランド》 東京五輪で内村の最大のライバルは、エプケ・ゾンダーランドだ。内村が“鉄棒の神”と言うオランダの35歳は12年ロンドン五輪金メダル、世界選手権も3度制覇している。種目別W杯では同種目で1位となり、五輪切符を獲得した。離れ技を連続で実施するなどアクロバチックな演技が持ち味だが、出来栄えを示すEスコアでは内村が上回る。