2021最新 大橋悠依学校

だが、大橋には天性のセンスがあった。中学生になると「細い体でも戦えることが分かった」と意識も高くなり、全国大会で優勝するようになった。そんな大橋の才能を高く買ったのが、五輪2大会連続2冠の北島康介や、リオ五輪で金銀銅メダルを獲得した萩野公介の指導者として知られる平井伯昌氏である。大橋と平井氏との出会いは12年のジュニアパンパシフィック選手権。当時の大橋の専門は200m個人メドレーや200m背泳ぎで、ジュニア日本代表の監督だった平井氏の目には、「ゆったりとした泳ぎだけど素質はありそうだ」と映っていたという。大会が終わってみると、200mの2種目では今一つの成績だったが、専門ではなかった400m個人メドレーで自己ベストを記録した。「体が細くて水を捉えるのがうまいので、400mの方が合っていると思った」という平井氏は、自身が監督を務める東洋大学に大橋を勧誘し、400m個人メドレーをメインにしていこうというプランを伝えた。

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競泳女子400メートル個人メドレーで金メダルを獲得した大橋悠依(25=イトマン東進)は三姉妹の末っ子。幼少時代は4歳上の長女・芽依さん、3歳上の次女・亜依さんに、いつもひっついていた。生後11カ月頃。2人の姉がマンション3階にある自宅から8階の屋上まで階段を駆け上がると、大橋も後をついていった。まだ歩けなかったが、四つん這いで階段を登り、屋上に到達。父・忍さんは「歩けないのに屋上にいるから“えー”ってなりました。昔から負けん気が強く、粘り強い性格でした」と回想する。5歳で初めて海に行った時も、臆せずに水中に入り家族を驚かせた。

それまでほとんど無名だった女性スイマーがいきなり世界のトップシーンに躍り出たのは、リオデジャネイロ五輪の翌年のことだった。東京五輪に向けて各競技のアスリートたちが再スタートを切った2017年。当時、東洋大学4年生だった大橋の登場は鮮烈だった。初出場となった世界水泳選手権の女子200m個人メドレーで銀メダルを獲得。続く18年のパンパシフィック選手権では200mと400mの個人メドレーで2冠を達成した。19年世界選手権では200m個人メドレーこそ泳法違反で失格となったものの、400m個人メドレーで銅メダル。世界選手権で2大会連続メダルを獲得したように、実績は申し分ない。

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「腕が細く弱かったので、個人メドレーの4種目すべてでキックを強化した。(抵抗が少ない)真っすぐな姿勢を保って泳ぐ練習は高校3年まで続けた。見た目以上に苦しく根気がいるが、大橋は手を抜かずに取り組んでいた」

これを機に体質改善に取り組んだ。献身的に支えたのは母・加奈枝。アサリやひじき、切り干し大根など鉄分が多い食材や手料理を冷凍して都内の大学寮に送り、時には下宿先を訪ねて作り置きした。忍も「焦らなくていい」と励まし、寄り添った。迎えた大学4年、親子の努力が実を結ぶ。大橋がメドレー2種目で日本新記録を樹立した。

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楽しんで-。両親がいつも娘にかける言葉だ。大橋は「緊張したり、苦しんだりしている時でもそう言ってくれることが大きい」と誰よりも温かいエールに感謝を忘れない。忍は「普通なら見られない世界で頑張っている。親としてこんなにうれしいことはない」と響き合う。

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こうして14年に東洋大学に入学した大橋だったが、最初の2年間は思うような成績を出せない日々が続いた。入学してからしばらくは体力不足が目立ち、大橋1人だけ早朝の陸上トレーニングメニューが課されたほど。他の選手と同じ水中練習メニューをこなす前に体力をつけるのが先決だった。大学2年生になると今度は貧血に苦しんだ。タイムがまったく伸びなかったため、原因を探るべく精密検査をしたところ、ヘモグロビンの数値が低く、貧血であることが判明したのだ。ただ、原因が明らかになったことで、大橋の気持ちはむしろ好転した。鉄分を多く取るなど食事から改善し、まずは体を整えた。萩野をはじめとする精鋭たちが集う16年2月の海外高地合宿には参加できなかったが、平井氏によれば、「気になっていたので合宿に出発する日に大橋を呼んで『僕がいなくても頑張っておきなさい。来年は君を強化する番だから』と話した」という。こうして迎えた16年の日本選手権兼リオ五輪選考会で400m個人メドレー3位になったことが大橋の心に火をつけるきっかけとなった。リオ五輪の出場権を得ることはできなかったが、高地合宿に参加せずとも出場ラインまであとわずかに迫ったからだ。

◇小学生の頃の大橋選手を指導した奥谷直史さん(堅田イトマンスポーツクラブ所長)は、五輪開幕前の取材にこう印象を語っていた。

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競泳女子のエースとして東京五輪に臨む。武器はスリムで長い手足を生かした抵抗の少ない、大きな泳ぎ。女子200m個人メドレーと同400m個人メドレーで表彰台を狙う実力を持つのが大橋悠依(イトマン東進)だ。「世界を見ても、200mと400mの個人メドレーを両立している選手は少ない。自分はしっかり両立して、どちらもメダルを取れるようにしたい」ターゲットをはっきりと口にする凛とした表情が印象的だ。