宮本浩次

2020年令和2年 宮本浩次 自宅

2020年令和2年 宮本浩次 自宅

小学4年~6年生の親を対象にした民間教育会社の調査では、「家で子供が勉強している」割合は3月20日には87%だったが、4月3日には75%に下がった。学習ペースを維持できない子が増えていることがうかがえる。

教室に近い形を目指すなら、教員側と子供の自宅をオンラインで結び、双方向型の授業をするのが理想だが、実施している教育委員会は全体の5%にすぎない。学校側で準備が整わず、教員にノウハウがないことが背景にある。

東京在住。ペーパードライバー。ペーパー学芸員。自宅、劇場、美術館が好きです。

◇宮本浩次 プロフィール
日本を代表するロックバンド、エレファントカシマシのヴォーカル&ギター。1981年エレファントカシマシ結成。86年、中学のクラスメートであった宮本浩次・石森敏行・冨永義之の3人に、冨永の高校時代の同級生だった高緑成治が加わり、現在のエレファントカシマシとなる。繊細かつ叙情的な楽曲と、激情と刹那を感じる歌詞が特徴的な日本を代表するロックバンド。
1966年生誕。
1981年エレファント カシマシ結成。
1986年現在のエレファント カシマシとなる。
1988年「THE ELEPHANT KASHIMASHI」で、デビュー。
以後、バンドで22枚のアルバム、1枚のミニアルバム50枚のシングルを出す。
2017年30周年イヤー。紅白出場。
2018年宮本浩次、シンガーとして椎名林檎、東京スカパラダイスオーケストラの作品に参加。
2019年ソロ活動開始。これからにドキドキしている。

2020年令和2年 宮本浩次 カバー

2020年令和2年 宮本浩次 カバー

「この『ROMANCE』っていうカバーアルバムは、バンドの仲間たちと出会う前に出合った優れた音楽、自分のルーツを集めました」

「Do you remember?」は、例えば「ファイティングマン」ではテーマになり得ない、言うなれば様々な経験を経た大人が思い描く夢の青春ソングだと思っています。青春の真っただ中にいる10代が作ると、これから得るであろうことを歌うしかないんですが、50代の大人が作ると、そうはならない。私は孫引きで、ヴィクトル・ユーゴーの言葉らしいんだけど“50代は老年の青春時代”っていう言葉が好きでよく引用するんですけど、横山健、JUN GRAY、Jah-Rah、宮本浩次、この4人が集まってのリハーサルの2日間、12~13時間はまさしく青春そのものでした。大人たちが本気の青春を全力をあげて追い求める。それをアートと言ってもいいと思うんですよ。

 ▲宮本さんといえば、白シャツのイメージを持つ人も多い。

「中学、高校の仲間とエレファントカシマシっていうバンドをやっておりまして、平成29年にはデビュー30周年を迎えました。人生において本当に長くやってきた。それで、エレファントカシマシとは違うことをやりたい。聴いてもたいたいと、31年からソロ活動を始めました。カバーアルバムも絶対に出そうって決めてたんです」

「ところが、緊急事態宣言が発出されて、レコーディングもいつできるか分からなかった。休んでもよかったんですが、作りたいと思っていたカバーアルバムの候補曲を150曲ぐらい聴き、とりあえずカバーしたい歌をギターで弾き語りをして録音することを日課にしたんです」

——「Do you remember?」は映画の『宮本から君へ』の主題歌で、真利子哲也監督からの依頼で制作がスタートしたとのことですが、どんな作り方だったのですか?

「『恋人はサンタクロース』と『あなた』は、テレビCMで使うなどの目的で昨年録音していたんですよ。で、カバーアルバムを出せたらいいなと具体的に考え始めていた」

そうですね。「Do you remember?」は実は「冬の花」とも繋がっていて。「冬の花」の<涙にけむる ふたりの未来>と、「Do you remember?」の<きみに語った夢の夢>とでリンクしています。曲調こそ違えど、ここで初めて宮本浩次のソロとして、歌が合体したということですね。「冬の花」でスタートした宮本浩次のひとつの完成形として、「Do you remember?」があって、同じ人間が作っているということはっきりひとつの形になった。完成形と言っても、あくまでもピースのひとつの完成形。今はアルバムの曲を作っている段階なので、そういう意味での完成はまだ先ですけど。

——宮本さんのアートの定義は?

--他人の持ち歌を歌う、いわゆるカバーのアルバムを作ろうと考えた理由はなんですか?

大人気ロックバンド『エレファントカシマシ』のボーカル・宮本浩次さん。2019年にソロデビューを果たしてからは、さらに活動の幅が拡大中。そんな宮本さんの最新アルバム『ROMANCE』が本日リリース。なんと、初のカバーアルバムとのこと。全12曲収録で、歌謡曲を中心に女性シンガーが歌う曲をカバー。男の世界を表現し続けている宮本さんが、なぜ女性の曲を!?その背景を伺いました。

――収録曲を見ると『あなた』(作詞:小坂明子 作曲:小坂明子)、『異邦人』(作詞:久保田 早紀 作曲:久保田 早紀)、『恋人がサンタクロース』(作詞:松任谷由実 作曲:松任谷由実)など、30〜40代の女性にもなじみがある名曲ばかりです。〝男の歌〟を歌ってきた宮本さんが、女性シンガーの曲を選んだのはなぜでしょうか。

2020年令和2年 宮本浩次 結婚

2020年令和2年 宮本浩次 結婚

世間のイメージは宮本浩次=エレファントカシマシ。例えば約20年前に本人が綴った、ファンにはよく知られる文章の中にはこうある。【孤高にして普遍的。過激にして包容力有り。最新にして懐かしい。そして、最強のロックスピリッツ! それが、エレファントカシマシ。すなわち俺だ。】【宮本浩次】「それは『ガストロンジャー』(99年)という曲を、バンドではなく全部自分で打ち込みで作ったから、『俺がやったんだ』と自己主張したかったんだと思う。衒気(げんき)というか。まだ30代前半で若かったしね。でも、バンドと自分を一心同体だとは思っていなかった。4人で必死に一つのものを追いかけてきたというのは事実で、私に限らずトミも石くんも成ちゃんも、すべてをエレファントカシマシのためにと思ってやってきたのは間違いない。でも一方で、子供の頃から歌が好きで、歌謡曲に親しんで、ジュリー(沢田研二)の歌や演歌を学校や道で歌ってきた自分もいるわけでさ」「小学生の時にNHKの合唱団(現NHK東京児童合唱団)に、この飽きっぽい男が、アルバイトだって3日でクビになっちゃう男が3年間も通い続けたっていうのは、とにかく歌うことが好きだからだと思うんですよ。合唱団というのは、昔からの童謡とか、誰かが創作した曲を歌うわけ。バンドマンの宮本ではない、そういう歌手としての自分はじゃあどこに行くんだ?って考えた時に、ソロでシンガーとしてやりたいっていう思いは常にあった。24歳で『生活』(90年)というアルバムを出した時にも、『東京の空』(94年)を作ってる時にも、ソロになるべきなんじゃないかって真剣に悩んだし、昨日今日いきなり言い出したことじゃないんです。メンバーには30周年の1年前から、30周年ツアーを絶対に成功させて、自分はソロをやるって前もって言ってあったし」

二人の結婚説が浮上したのは、どうやらお互いにラブコールを送り、二度の対談が実現したことにあるようです。

その後番組は重苦しい雰囲気のまま進行しましたが、宮本浩次さんが無表情のまま動かなくなる事態になります。 そしてこの状況をなんとかしようと鈴木万由香さんがこのように問いかけます。

エレファントカシマシは1988年のデビュー以来、紆余曲折の30年以上を変わらぬ4人のメンバーで活動している。宮本と石森敏行(G)と冨永義之(Dr)は中学1年のクラスメート。高緑成治(B)と冨永は高校の同級生。マニアには熱烈に支持されたものの97年「今宵の月のように」でブレイクするまでセールスは伸び悩み、その後も順風満帆とはいかず現在のレコード会社は4社目だ。だからこそデビュー30周年ツアーでバンド史上最高の観客動員数を記録したこと、そして紅白歌合戦に初出場を果たしたことは大きく報道された。音楽性だけでなくバンドの歴史や一貫した姿勢も含めて、4人のエレファントカシマシを心の支えにする人はファンだけではない。そんな中で宮本がソロ活動を開始したインパクトは大きかった。

『僕らの音楽』では宮本浩次さんが川上未映子さんを、『Papyrus』では川上未映子さんが宮本浩次さんを指名したことから、これは両想いにちがいないと解釈されて結婚の噂に発展したのでしょう。

宮本浩次さんが51歳の誕生日をお迎えになられました。あんな…あんなにかわいい51歳…水を飲んでジャケットの袖で口を拭うかわいい51歳…奴隷天国を歌う51歳…エビバデエビバデ言う51歳かわいい!!!!

一つのことを続けてきた働く50代の転身は珍しいことではない。まして人生100年時代、ある程度の年齢を過ぎれば誰もが“リスタート”に思いをはせるだろう。「Do you remember?」の歌詞にある、「赤裸(あかはだか)の心で」生きるという感覚が、今の自分の現実だと宮本は言う。【宮本浩次】「もし50代で転身する人が多いとするならば、その気持ちはすごく分かる。でも人によって、30代で思い切って仕事を変える人もいるだろうし、70代になって自分の夢を実現したいって行動する人もいるだろうから、それぞれの転機みたいなものがあるということだと思う。自分の場合は、若い時はいろんなものに憧れていた。永井荷風や森鴎外や太宰治や葛飾北斎や、レッド・ツェッペリンやローリング・ストーンズに。あるものないもの全部ひっくるめて、偉大な『男像』みたいなものに向かって邁進するのが古今東西の男の人の性質だとするならば、時間を経て、大人になって、いつしか現実を受け入れるようになっていく。受け入れた後は、素っ裸の自分が、『赤裸の心で』生きていくわけなんですよ」「赤裸の心になってしまうと、自分はもちろん森鴎外でもないし、レッド・ツェッペリンでもないと分かって、宮本浩次であるということを認めざるを得ない。『Do you remember?』でも♪宝探しはもう終わりさ、って言ってるじゃない? 夢の夢を語っていた青年が、本当の老年になったということだと思う。今は、自分にふさわしい自分の未来、赤裸の心で到達できる未来を、自分なりに形にできるチャンスなんじゃないかっていうふうに思ってます。エレファントカシマシを通して歌を表現するだけじゃなくて、宮本浩次が赤裸の心で歌を歌えたらいいなって思ってソロをやっている。バンドマンじゃなくて、シンガーソングライターでもなくて、純粋に歌い手でありたい」「いい歌って、いっぱいあるじゃないですか。例えば『野ばら』という歌、小学校クラシック全集みたいなものに載っていて、私すごく好きだったんですよ。ゲーテの詩で、シューベルトの作曲とヴェルナーの作曲とあるんだけど。演歌でも『おやじの海』なんてすごく好きだったし。いろんな好きな歌がいっぱいある。そういう歌を『歌ってみたい!』っていうのってあるじゃない? 自分のノドをみんなに聞いてほしいっていう。そしてパフォーマーとしてもね、椎名林檎さんとやった『獣ゆく細道』(椎名林檎と宮本浩次/18年)や、東京スカパラダイスオーケストラの『明日以外すべて燃やせ feat.宮本浩次』(18年)や、『The Covers』(NHK BSプレミアム)という番組でカバー曲を歌ったりすることも大好きなんですよ。もともと子供の頃にNHKの合唱団の先生に、『アンタ合唱団じゃなくて劇団にいらっしゃい!』みたいに言われてたぐらい、暴れるのが好きっていうか、人前に立つのが好きなんです」「作詞家、作曲家は優れた人がいっぱいいるし、まあ歌い手だって上手い人はいっぱいいるけど、宮本浩次個人になった時にはね、いろんな歌を歌いたい。今はまだ混沌としていて、宮本浩次というシンガーがどういうものか分からないぐしゃぐしゃな中で、曲も自分で作ってやっている。その面白みがソロアルバムや来年3月から始まるソロツアーに出てくると思うけど、さらにその次に、純粋にシンガー、歌い手としてだけ存在する宮本浩次のチャレンジはしてみたいです」

結婚歴もないようです。

【宮本浩次】「これまでずっと、寝ても覚めてもエレファントカシマシのことだけを考えて生きてきた。それこそ高校の時に修学旅行に行かなかったのも、週に3回やっているエレファントカシマシの練習ができなくなるからだった。ローリング・ストーンズのような、RCサクセションのようなロックバンドをこの世で作り上げるんだ!と思って、ポプコン(ヤマハポピュラーソングコンテスト)にもソニーのSDオーディションにも出た。デビューしてからもエレファントカシマシがすべての前提で中心で、このバンドで絶対に成功する!ってなかば意地になってやってきました」「94年に最初のレコード会社との契約が切れてみんながやめそうになっている時も引きとめて、『エレファントカシマシでやるべきだ』って言っちゃった手前もあって、『売れるまでは!』って思ってやってきた。その一つの目標が紅白歌合戦で、30周年で初めて出ることができた。ずっとやりたかった47都道府県ツアーも30周年で実現した。本当はもうひとつ、『絶対ナンバー1をとる』ってみんなにも言ってあったから、ナンバー1ヒットも出したかった。まあ、強引に言うならばデイリー1位というのは30周年のベスト盤(『All Time Best Album THE FIGHTING MAN』17年)でとったけど。俺がとりたかったのは週間1位なんだけどね」

ご両親に大切に大切に育てられたのでしょうね。スポンサーリンク 過去の恋愛歴 彼女の誕生プレゼントに図書券 私立の高輪高等学校に通っていましたが、男子校だったため、女性とフランクな付き合いが苦手でした。やっぱりどこまでもストイックな方です。また、 本人が結婚したいとか、結婚したくないなど聞いたことがありません。多分降りるときは、無造作に本をズボンのポケットに押し込んで、足早に過ぎ去っていくんだろうな、とそんな姿を想像しています。年を取るにつれ、体型が乱れることも多いですが、宮本浩次さんの場合はかなり気を使っておられるようですね。

2020年令和2年 宮本浩次

2020年令和2年 宮本浩次

その伝説的歌手の名前を、この秋は目にする機会が多い。まずは氷川きよしや宮本浩次など、人気と実力を兼ね備えた後輩歌手たちによる、ちあき作品のカバー。氷川は「かもめの街」(88年)を、宮本は「喝采」(72年)を最新アルバムに収録することを発表しているが、当代屈指のボーカリストがちあきの代表曲をどう歌うかが注目されている。