2021最新 柳楽優弥インスタ

──2020年は、30歳を記念したパーソナルブック『やぎら本』(発行:SDP)も出版、今まで以上にプライベートな素顔を出されていたのも印象的でした。

田中:僕が『たそがれ清兵衛』(2002)で山田洋次監督に映画の世界に誘っていただいたのは57歳の時ですけど「えっ、俺が映画に出る? 嘘でしょ」と最初は疑っていました。それぐらい驚いたわけですけど、そんなチャンスを作ってくださる方たちがいるので、僕も凹まずに生きてこられたような気がします(笑)。

俳優
の柳楽優弥
(やぎらゆうや)
さんのインスタグラム(Instagram)アカウントです。

──柳楽さんは、これからどんなふうに年を重ねていきたいと考えていますか?

柳楽:はい。僕の撮影が先でした。

江戸時代の天才浮世絵師・葛飾北斎。90年に及ぶ壮絶な人生、そして北斎が描いた「三つの波」の秘密に、彼に影響を与えた人物たちとのエピソードを軸に迫る『HOKUSAI』。これまでほとんど語られることのなかった苦渋に満ちた北斎の青年期を柳楽優弥、とり憑かれたように絵を描き続けた荒々しい老年期を田中泯が演じている。2人が同作の撮影を振り返りながら、同じ表現者として刺激を受けた北斎の生きざまについて熱く語った。

『HOKUSAI』は、昨年生誕260年を迎えた葛飾北斎の数奇な“生”を柳楽優弥と田中泯の二人で体現した画期的な映画だ。北斎が70歳を過ぎてからその才能を開花させることができたのはなぜなのか? 平均寿命が40歳と言われていたあの時代になぜ90歳まで生きられたのか? 美人画の大家・喜多川歌麿(玉木宏)、戯作者・柳亭種彦(永山瑛太)らとの出会いを経て進化し、権力に屈することなく描き続けた北斎の生きざまは、いまを生きるわたしたちにヒントをくれるに違いない。

尊敬する大先輩ばかりの現場で、演じさせていただけるということが楽しかったですし、現場での様子や振る舞い方なども学ばせていただくことが多かったです。泯さんはパワフルでかっこいい方でしたし、阿部さんの作品は好きでたくさん観ていたこともあり、憧れの方たちとご一緒することのできたありがたい現場でした。また、2020年は、俳優という仕事をするうえで私生活の充実は大事だなと強く感じた年でした。コロナの影響によって、計画されていた仕事が強制的に中止になったため、普段のインプット、アウトプットも大切にしたいという思いや、自身の価値観の変化がありました。

『映画 太陽の子』が、2021年8月6日(金)に全国公開される。

柳楽:僕はお芝居もできて、ダンスもスゴい泯さんが羨ましいです。僕は今後も演技の世界で頑張っていきたいので、自分の気持ちが豊かになるよう、普段の生活の中でいろいろなことをインプットしていくように心がけています。

本当は、素の部分も出していけるのが理想なんです。僕の場合、デビュー作『誰も知らない』のときはまだ演技についてよくわからない状態だったので、役づくり以前の自分自身の持っているものがキャスティングされた理由だったと思っていたんです。でも、そのことが自分でもまだよくわかっていなかった20代前半は、いろいろな作品やキャラクターの役づくりに挑戦してみたりもしたのですが、そういうことではなく、もっと自分らしさを追求していこうと思ったんです。

柳楽:僕の場合は、演出家の蜷川幸雄さんが舞台「海辺のカフカ」(2012)の主演に選んでくださったことが大きいです。演技の世界に戻ってくるきっかけにもなった出来事なので忘れられないですね。人生、何が起こるか分からないなと思いました。

Q:泯さんが、柳楽さんのシーンで印象に残った場面は?

1975年生まれ、和歌山県出身。96年にお笑い芸人としてデビュー。『岸和田少年愚連隊』(96)、『青い春』(01)に出演。『きょうのできごと a day on the planet』(03)への出演を機に俳優に転向。以降、『海炭市叙景』、『アウトレイジ』、『冷たい熱帯魚』(10)、『まほろ駅前番外地』、『さよなら渓谷』(13)、『私の男』(14)、『64-ロクヨン-前編/後編』(14、16)、『木屋町DARUMA』(15)、『ディストラクション・ベイビーズ』(16)、『昼顔』、『関ケ原』、『火花』(17)、『アウトサイダー』(18)、『Fukushima50』、『劇場』、『朝が来る』(20)などに出演。待機作に、『護られなかった者たちへ』、『燃えよ剣』(21)などがある。