2021年令和3年 照ノ富士成績

中学時代は相撲と柔道を掛け持ちで活躍し、岐阜第一高時代は柔道部に所属。平成29年(2017)1月場所から3場所連続休場で番付外に落ちたことも。四股名は本名の下の名前から。

バスケやサッカー、ハンドボールなど様々な球技を経験したが、父親の勧めもあり18代朝日山(元大関・大受)の朝日山部屋へと入門。平成27年(2015)1月場所後の部屋閉鎖に伴い伊勢ヶ濱部屋へと移籍した。

小学校時代はバスケ、中学では野球少年で相撲経験はなかったが久留米巡業の際に琴欧洲から誘われたことで佐渡ヶ嶽部屋へと入門。平成26年(2014)11月場所での怪我が原因で連続休場、一時は番付外に落ちたが本格復帰の平成27年(2015)11月場所で序ノ口優勝。

平成14年に相撲の世界ジュニア選手権に出場した際に旭鷲山の目に留まり荒磯部屋への入門が決まった。平成20年9月場所後に荒磯親方(元小結・二子岳)の停年により荒磯部屋は閉鎖、花籠部屋へと移籍。その花籠部屋で迎えた平成23年5月技量審査場所では東幕下3枚目で負け越したが大量の引退・解雇力士の影響により、異例ながら翌場所での新十両昇進となった。平成24年5月場所後に経営難により花籠部屋は閉鎖、これにより峰崎部屋へと移籍。この峰崎部屋で大きく羽ばたくこととなった。負け越し場所で何故か金星が多かった「金星ハンター」

平成17年(2005)1月で新入幕、平成23年(2011)9月場所後に大関へと昇進。平成28年(2016)初場所では日本出身力士として10年ぶりに幕内優勝を飾った。

平成17年(2005)の世界ジュニア相撲選手権大会で無差別級3位。取組後に見せる豊かな表情も魅力のひとつであった愛すべき「ガガ様」

春日野部屋の栃煌山とは幼少時から切磋琢磨してきたライバル。昭和以降1位となる関脇在位連続14場所を経て平成26年9月場所に大関昇進。平成28年9月場所では悲願の幕内初優勝を全勝で達成。日本人力士の全勝優勝は平成8年(1996)9月場所の横綱・貴乃花以来20年ぶりのもの。

小学3年生の頃から相撲を始めて、中学は高知県の明徳義塾中に相撲留学、3年次に中学横綱の栄冠を獲得。明徳義塾高校進学を経て平成14年(2002)1月場所、琴菊次(こときくつぐ)の四股名で初土俵を踏んだ。

平成25年(2013)1月場所での初土俵後、左膝前十字靭帯の損傷で2度、右膝前十字靭帯と半月板の損傷で1度の手術を受けた苦労人。平成29年(2017)11月場所で序ノ口全勝優勝を決めて再出発。令和元年(2019)5月場所では自己最高位を更新した。

平成23年(2011)5月の技量審査場所では東幕下10枚目で4勝3敗という成績だったが、大相撲八百長問題による引退力士が大量に発生したこともあり翌場所での新十両昇進となった。四股名は立浪部屋の行司だった35代木村庄之助が、新十両昇進のお祝いにと名付けてくれたもの。

10代中村(元関脇・富士櫻)の中村部屋閉鎖にともない、平成24年(2012)12月に東関部屋へと移籍。四股名の「白虎」は西方の守り神であり、両親が命名してくれた。

幕下で少し苦労もあったが当時の竹縄親方(現・朝日山親方の琴錦)の指導により、圧力を増した琴菊次は平成16年(2004)7月場所で新十両昇進、四股名も琴奨菊へと改めた。

鹿屋高校時代にはレスリング部に所属しグレコローマン120kg級で県大会優勝経験も。

令和2年(2020)7月13日、7月場所を前にして引退が発表された。

令和2年(2020)7月場所を前に中川部屋の閉鎖が決定。旭勇幸は中川親方を最後の師匠に、との想いで現役引退を決めた。